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女王陛下のお気に入り: 『イブのすべて』をアブノーマルにした感じの映画

女王陛下のお気に入り

 

 

 

 

『女王陛下のお気に入り』は数々の映画賞を総なめにした。メインキャストは鉄壁の布陣、いや婦人たちが集う————『ザ・クラウン』シーズン3以降でエリザベス女王を演じることが決まったオリヴィア・コールマン。『ラ・ラ・ランド』でアカデミー賞に輝いたエマ・ストーン。同じく『ナイロビの蜂』でオスカーを勝ち取ったレイチェル・ワイズ。実力派女優たちが迫真の演技で中世の宮廷貴族を演じている。

 

監督はギリシャの気鋭ヨルゴス・ランティモス。彼の作品を見るのは本作が初めて。『聖なる鹿殺し』は侃々諤々の議論がなされていて気になっていたのだけれど、アート性が強そうだったので見なかった。

 

予告編を見た限りではポール・トーマス・アンダーソン監督のような、エキセントリックなドラマ描写を期待していたが、その期待を『女王陛下のお気に入り』は見事に裏切ってくれた。

 

Spoiler Warning——ネタバレを含みます

 

アブノーマルな映像美

女王陛下のお気に入り 映像


シンプルで美しいタイトルバックに続いて表示される章タイトル。モダンテイストなタイポグラフィーが物語の開始を告げる。そして、物語が始まってから10分も経てば、映像面の特異性におのずと意識が向かう。

 

スタンリー・キューブリックが生まれ変わったのかと思うほど、ランティモス監督は広角レンズを使い倒す。パースが強調され、大きく映り込んだ背景と矮小化された人物は奇妙なコントラストを形成する。時おり挿入される魚眼レンズ並の歪曲した映像は、もはや常軌を逸している。

 

パースが強調されて奇妙に見える広角レンズは、その奥行き感を極力目立たせないように使うのが常套手段だ。稀にキューブリックのようなシンメトリーに取り憑かれた監督もいるが、全体を俯瞰すれば圧倒的に少数派だ。そんなマイノリティーの一人である押井守監督は、アニメーションの世界へ現実的な空間を生み出すべく広角レンズを多用する。

 

樽型に歪曲した空間は、どこか非現実的でシュールな雰囲気を醸し出す。そして、『女王陛下のお気に入り』で、ランティモス監督はバーゲンセールのような勢いで広角レンズを使い倒した。

 

広角レンズは、そのレンズの特性から少しでもカメラを動かすとパースの変化が顕著に現れる。大きなパース変化は単調な移動撮影にスピード感を与え、まるで作品の世界が観客を包み込むかのような効果を与える。そして、ランティモス監督は容赦なくカメラを移動させまくる。

 

俗にデ・パルマ・ショットと言われる、人物を中心にしてカメラをぐるぐると回転させる撮影方法は、ブライアン・デ・パルマ監督の十八番だ。ヨルゴス・ランティモス監督はデ・パルマとは違い、カメラをその場で180度回転させる手法を採用した。画面の外側で声が聴こえ、それに呼応するかのようにカメラが180度ぐるりと回転する。『カジノ』や『グッドフェローズ』などのハイテンションな映画で、マーティン・スコセッシが用いたこの手法を、ランティモス監督は宮廷ドラマで採用した。

 

個人的に気になったのは、『ノクターナル・アニマルズ』のオープニングのように、突然挿入されるスローモーション映像だ。冒頭のアヒルレースのシーンと、後半の肥満男が柿を投げつけられるシーンで使われているが、どういう意図でランティモス監督はスローモーションを使用したのだろうか。

 

本作のスローモーションは、グザヴィエ・ドラン監督やウォン・カーウァイ監督のような耽美的なスローモーションとは異なり、シュールな美しさがある。この奇妙な美しさは、かつて『ワイルドバンチ』でサム・ペキンパーが用いたスローモーションのような、破壊される瞬間を切り取った(はかな)い美しさとも異なる。太鼓腹を揺らせながら、飛んでくる柿を避けようとする裸男はお世辞にも綺麗だとは言い難い。だが、それをスローモーションで見せると、グロテスクな美しさを帯びてくる。

 

もう一点気になった箇所がある。痛風に喘ぐアン女王が傍で介抱しているサラに、2人が出会ったエピソードを語るシーンだ。このシーンは、アン女王のセリフを軸にして、アビゲイルが森へ薬草を摘みに行くシーンとクロスカッティングしている。たしかに、アビゲイルは摘んだ薬草でアン女王の傷口を回復させるが、それはこのシーンより後の出来事だ。このシーンでは仲間からの嫌がらせで手を負傷したアビゲイルが、自身のために薬草を摘んでいる。

 

通常クロスカッティングは、同時刻に別々の場所で起こった出来事を交互に見せることで、ストーリーの緊張感を高める目的で使われる。クリストファー・ノーラン監督はこの手腕に長けており、『インターステラー』では4つの時間と空間を交互にミックスするという離れ業をやってのけた。だが、『女王陛下のお気に入り』は、サスペンスとは無縁の濃厚なドラマ作品だ。にも関わらず、どうしてこの場面でクロスカッティングを使ったのだろうか。先のスローモーションしかり、この独特な映像センスがヨルゴス・ランティモス監督を非凡たらしめているのかもしれない。

 

普段、見慣れている映画の文法から外れたアブノーマルな映像の数々が、私の心を踊らせた。何がと名言はできないが、こういったディテールへの偏愛というか(こだわ)りが、「こいつはそんじょそこらの映画監督じゃない」というシグナルを発しているのだ。

 

本作の撮影は、ほとんどのシーンで自然光が用いられた。ロウソクを使ったシーンでは、『バリー・リンドン』と同様に可能な限りロウソクの灯りだけを使って撮影している。橙色の温かみのあるロウソクの光は、明るすぎず暗すぎない適度な光度を放っている。ロウソクのほのかな灯りが生み出す陰影は息をのむほど美しい

 

その美しさが最も顕著に感じられるのは、舞踏会のシーンだ。100はゆうに超えているであろう大量のロウソクが、広間に集まった人々を優しく包み込む。また、ニコラス・ホルト演じるロバートとアビゲイルが夜道を歩くシーンは、宵闇と松明のコントラストがなんとも美しい。

 

鞭打ちをまぬがれたアビゲイルがサラへ自身の過去を打ち明けるシーンでは、窓から差し込む太陽光を背にして、2人はシルエット化している。表情が見えないほどの影が2人を覆い、窓から差し込んだ光は拡散して画面全体に広がっている。なんて幻想的なショットだろう

 

アビゲイルがアン女王とサラの情事を垣間見るシーンでは、アビゲイルが忍び足で逃げ出す様子が1ショットで描かれる。広角レンズで部屋全体を見せた後、だんだんとアビゲイルへとカメラが近寄っていく。闇に包まれた中、ロウソクの灯りが映し出すエマ・ストーンはこの上なく綺麗だ。

 

全体を通して感じたのは、ランティモス監督は低いカメラ位置が好きらしいということ。会話シーンでの切り返しショットでも、カメラは下から人物を見上げている。広角レンズのレンズ特性もあるが、それを考慮しても全体的に天井の映り込みが多い。ラストシーンでも、やはりカメラはアン女王を下から見上げている。

 

ものの哀れ

女王陛下のお気に入り ラストシーン

 

苦悩にみちた平安時代の王朝女性は「もののあはれ」という思想を生み出した。五感で感じた憂愁に美を見出し、その無常観に満ちた哀愁を「もののあはれ」と呼んだ。『女王のお気に入り』は18世紀初頭の宮廷が舞台だ。女王陛下を頂点とする小さなヒエラルキーの中で、野心むき出しのアビゲイルと強情なサラが泥沼の闘争を繰り広げる。3人の女性が織りなす濃厚なドラマは、それぞれの思惑が複雑に絡み合って「もののあはれ」を醸成する。

 

『マシニスト』の面影もないくらい『バイス』で増量したクリスチャン・ベール。ストイック過ぎる役作りという点では、『女王陛下のお気に入り』でアン女王を演じたオリヴィア・コールマンも負けてはいない。16kgも増量したコールマンには、『ナイトマネジャー』で見せたクールビューティーの面影など微塵もない。体を張った役作りでアン女王を演じたコールマンは、劇中で徹底的に堕落して見せる。

 

アン女王は自堕落な人物として描かれている。華美を尽くした宮殿に身を置きながら、彼女の生活ぶりは堕落しきっている。見た目こそかろうじて貴族だが、その心は賤民のように荒れ果てすさんでいる。17人の子どもを失った過去から逃れられず、精神的に疲弊している。子どもの名前をつけた17匹のうさぎはその象徴のよう。そして、最終的にアン女王は18匹目のうさぎ=サラすらも失ってしまうことになる。

 

魚眼レンズのような超広角レンズで捉えた長い廊下を、アビゲイルが押す車椅子に乗って移動するアン女王。そこでやおら立ち止まった彼女は、中庭から聴こえてくる流麗な音楽を聴いて発狂する。音楽はこんなにも綺麗なのに、どうして私はこんなに醜いのか————政治的な立場をめぐって対立したサラとの関係や、思い通りに動かない身体。鬱屈していた感情が爆発し、すべてに嫌気が差したアン女王。

 

前半のシーンで彼女は、サラからアナグマのようだと指摘されて、心ここにあらずといった表情を見せる。彼女は自身の容姿にコンプレックスを持っていたのではないか。美しく気高いサラへの憧憬は、自身の容姿が醜いという劣等感の裏返しではないだろうか。舞踏会のシーンでも、優雅に踊るサラを見て癇癪を起こす。どうして彼女はこんなにも強くて美しいのに、自分はこうも醜いのか。激しい劣等感と自己嫌悪が彼女に襲いかかる。

 

アン女王は孤独だ。あれだけ大勢のメイドや側近に囲まれていながらも、彼女のことを心から気づかい、本音を話してくれる人は一人もいない。その唯一の存在だったサラですら、アビゲイルの奸計によって国外へと追放してしまう。

 

サラ夫人は、アン女王とは対照的な人物だ。強くて気高くて、壁があったら壊して進むタイプの人間だ。そんな彼女の強さに甘えるアン女王と、身を委ねられて恍惚とするサラ————お互いがおたがいを求めて依存する関係。仕事のできるバリバリのキャリアウーマンが、どうしようもなくダメな男に惚れるのと同じ構図だ。アン女王は精神的な弱さを克服できないでいる。今にも壊れそうな彼女の拠り所がサラなのだ。

 

ラストシーンは何が言いたかったのか

 

この種のアート映画にありがちな曖昧模糊としたエンディングを想像していたのだけれど、いい意味で期待を裏切られた。というのも、エンドクレジットが流れ出した瞬間、私の心に浮かんだのは大きな疑問符ではなかった。

 

「で、結局なにが言いたかったの?」と思うこともなければ、感動したわけでもなかった。つまり、何も感じなかったのだ。断っておくが、私は映画を見るときは、感覚のセンサーをメーターが振り切れるほどMAXにしている。すべての芸術がそうであるように、映画もまた感じたことがすべてだ信じている。だからこそ、自分の感じたことにじっと耳を澄ませるようにしている。けれど、『女王陛下のお気に入り』が終幕を迎え、視力検査のごとく小さい文字のエンドクレジットを眺めながら、私の心を捉えたのは無感動だった。そう、何も感じなかったのだ。この反応は自分自身でも意外だった。

 

結局、2人はどうなったのか。ヨルゴス・ランティモス監督は何が言いたかったのか。上映中、4人ほどの観客が席をたったまま帰ってこなかった。彼らがもし、きらびやかな皇室ドラマを想定していたとしたら、まぁ仕方ないように思える。一般ピーポーにはあまりにもシュール過ぎるだろうし、ストーリーも映画というよりはむしろ舞台に近いし、まぁ詮ないことだ……

 

最終的にアビゲイルは貴族へと再びのし上がり、金も権力も手に入れた。思惑通りにサラを完全に追放し、女王陛下の侍女という座を射止めた。すべてが思い通りになった。欲しいものは手に入り、どんな望みも叶う状況を勝ち取った。だが、すべてが満たされたはずなのに、その(じつ)なにも手に入ってはいないのだ。満足感を得るどころか喪失感が彼女を包み込む。ラストシーンで呆然とアン女王の足を揉むアビゲイルは、もはやただの抜け殻だ。望みは叶ったが、それを満たす心——自我——を喪失している。いくら水があっても、それを入れるコップがなければ飲み干すことはできない。

 

アン女王は唯一の理解者であるサラを追放し、おべっか使いのアビゲイルをサラの代用として残す。だが、一向に心は満たされない。すべてが思い通りになった。自分の言って欲しいことだけを言う侍女————すべてがあるべき位置に収まっているのに、見た目は病的に落ちぶれている。癇癪を起こす頻度も多くなった。身も心もボロボロになり、もはや生きる屍のようだ。

 

サラは女王陛下を愛しているがゆえに本音を語る。それが起因してアン女王から追放されてしまう。一方的に拒絶された愛情は空を漂い、切ない文面の手紙となってアン女王のもとへ届く。だが、それすらもアビゲイルは許さない。サラから届いた心の叫びを容赦なく暖炉へ投げ入れる。

 

女王陛下は自分の言いなりになる人形が欲しい。阿諛追従するだけでは飽き足らず、自身の気に入りそうな甘言を耳元で囁くおべっか使いであることも要求する。サラは幼少期からアン女王を知っている。彼女を心から理解している————彼女の優しさも脆さも、経験したこともその辛さも知っている。だから、アン女王へ率直に意見することができる。女王陛下を前にして、歯に衣着せずに「アナグマみたいよ」と言えるのはサラだけだ。泥風呂のシーンでアン女王とサラが無邪気にじゃれ合う様子は、まるで少女のよう。本来の2人の関係性は、少女時代から変わっていないのかもしれない。

 

対するアビゲイルはおべっか使いで、心にもないことを真顔で言ってのける口腹別男だ——女だけど。アン女王にとっては口当たりの良い意見だが、彼女の状況を改善するような的確なアドバイスではない。野心に身をやつし、女王陛下へ取り入るためならば手段を選ばない。

 

とどのつまり、3人とも何も得ていないのだ。サラはアン女王への愛情が原因で、彼女から拒絶されるし、アビゲイルとアン女王にいたっては最初と最後で何も変化していない。2人を取り巻く状況は変わったが、人間的には何も変わっていない。だから、エンドクレジットが流れ出しても何の感慨も感じなかったのだ。

 

ストーリーの最初と最後で何も変化が起こらないなんて、そんなのアリかよ……チートかよ…… そう感じる人の意見も一理ある。だけど、それがまかり通るのがアート映画というものだ。これはこういうものなんだと、ある程度割り切ってしまうしかない。こんなの逐一考えていたら、早晩気が触れてしまう。

 

『女王陛下のお気に入り』で私が最も気に入ったシーンは、宮廷を去る直前にサラとアン女王が扉ごしに会話するシーンだ。最後の嘆願をするサラと、それを受けれいようとしないアン女王————陽光に照らされた明るいアンの部屋と、暗く落ち込んだ廊下との対比が美しい。

 

うさぎを踏んづけるんじゃねぇ!!

女王陛下のお気に入り うさぎ


ヨルゴス・ランティモス監督はアブノーマルだ。肯定的な意味で、普通じゃない。先にとりあげた撮影方法も、人物の描き方も、タランティーノ監督のように章分けされた脚本も、何もかもが普通じゃない。エンドロールの美しいタイポグラフィーは尖りすぎた美的感覚の表れだし、サディスティックな性描写はジョルジュ・バタイユの描く世界のように倒錯している。

 

サラがアン王女の下腹部へ手を忍び込ませる様子は男性的で荒々しい。蠱惑的なアビゲイルは優男メイシャルを誘惑しておきながら、唇を噛んだり、無気力に手淫したりする始末。ニコラス・ホルト演じるロバートは、ドSっぷり全開でアビゲイルを何度も突き飛ばす。アビゲイルのトップレスシーンはエマ・ストーンのアイデアだとか……

 

私は本作が初めてのランティモス作品だったのだけれど、これは見る人を選ぶ作品だと思う。ニコラス・ウィンディング・レフンよりは見やすく、ポール・トーマス・アンダーソンよりは見にくい映画。個人的には好きな部類に入るけれど、決して他人には勧められない映画だ。

 

シュールレアリズム顔負けの奇抜な作風もさることながら、いかんせんストーリーの語り方が冗長すぎる。サラが宮殿を去った時点でストーリーを終わらせるべきだ。その後の描写は蛇足だ。サラを徹底的に追放するべく帳簿のくだりを見せたり、手紙を焼いたりするシーンは、いたずらに観客の膀胱を弄んでいるだけだ。上映時間119分でありながら、体感的には140分くらいに感じた。本作と同様に奇妙なストーリー展開をする、ポール・トーマス・アンダーソン監督の作品は時間の長さを感じさせない。この違いは一体何なのだろう。

 

『女王陛下のお気に入り』は冗長だったけれど、圧倒的に美しかった。美しかったよ、たしかに。だけど、だけどね、うさぎを踏んづけるんじゃない!

あれはCG処理じゃなくて、実際に踏んでたよね、多分……あれはアカンで…… 西部劇で馬を倒すのは例外として、それ以外で動物を傷つける描写は使うべきじゃない。私は狂信的な動物愛護主義者ではないけれど、一般的な動物好きの意見として聞いてほしい。見ていて不愉快だし、何よりも映画撮影という人間のエゴで動物をぞんざいに扱うのは人としてどうかと思う。もし動物の立場だったら嫌でしょ、絶対に。

 

言葉では表現しがたい心の機微を映像で伝える————これが映画が芸術たる所以だ。その点において『女王陛下のお気に入り』は素晴らしい。批評家が絶賛の嵐なのも頷ける。けれど、これが面白い映画かと言われると、素直に頷けない自分もいる。芸術的な価値がある映画であることは確かなんだけれど、映画としては微妙なんだな。

 

描いている心の動き————ある感情から別の感情へと移り変わるその揺れ動きは共感できるし、すごく好きなんだけれど、映画としては何だかなぁ……うだつが上がらないというか、風呂場の中で吸ったタバコのようにパッとしない感がある。重厚な人間ドラマを美しい映像で切り取る手腕には、本当に頭が上がらないんだけれど、敢えて言わせてもらえば映画としては冗長に過ぎる。

 

これをスタンディングオーベーションで絶賛しまくる批評家は「映画として」この作品が好きと言えるのかしら。描いている人物の機微や、それを繊細に表現する感性は好きなんだけれど、映画としては好きになれない。だからといって、嫌いかというとそうでもない。つまるところ、映画としては微妙なのだ。やっぱり、私は作家性とエンタメ性のバランスがとれた作品が好きなのかもしれない。

 

個人的な評価 
おすすめ度 

 

作品情報

原題:The Favourite

監督:ヨルゴス・ランティモス 『聖なる鹿殺し』

脚本:デボラ・デイヴィス トニー・マクナマラ

 

撮影監督:ロビー・ライアン 『アイム・ノット・シリアルキラー』

編集:ヨルゴス・マヴロブサリディス 『ロブスター』

 

製作会社:スカーレット・フィルムズ

エレメント・ピクチャーズ

アルカナ

フィルム4 プロダクションズ

ウェイポイント・エンターテインメント

 

配給会社:フォックス・サーチライト・ピクチャーズ

上映時間:119分

 

制作費:15億円………*1

Imdbスコア:7.8………*2

Rotten Tomatoスコア:94………*3

公式サイト:女王陛下のお気に入り

*1:Source

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