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カサンドラ・クロス: 欧州3国合作の傑作サスペンス

カサンドラ・クロス

 

 

あらすじ

スイスのジュネーブ。WHO本部を襲撃したゲリラが細菌兵器に感染した。だが、逃走中のゲリラはそんなこともつゆ知らず、パリ・アムステルダム経由ストックホルム行きの大陸横断鉄道へ乗り込んだ。

 

感染者が次々と倒れゆく中、アメリカ陸軍諜報部は国家機密を保全する名目で列車を丸ごと処分しようと画策する。封鎖から30年以上経過した古の鉄橋「カサンドラ・クロス」を通過させ、事故を装って闇に葬ろうという魂胆だ。

 

緊迫した状況下で幾人もの人物がそれぞれの思惑を持ってうごめく。列車は止まることなく、「カサンドラ・クロス」を目指して邁進する。欧州3国の合作、かつてないスケールで描くサスペンス大作。

 

 

これまで「列車」というシチュエーションは、映画の中で幾度となく描かれてきた。一度乗ったが最後、停車するまでは降りられないというある種の密室性と、1つのシーンで食堂車から個室まで様々な状況を描ける利便性。ぶっちゃけ、状況設定として映画的に非常に使い勝手が良いのである。撮影許可が降りるかどうかはともかくとして。

 

ヒッチコックの名作『バルカン超特急』、アガサ・クリスティの代表作『オリエント急行殺人事件』、『007 ロシアより愛をこめて』、『ビフォア・サンライズ』のオープニングシーン、『シャレード』のオープニングシーンなどなど、数え上げたら日が暮れそうな勢いである。

 

『天国と地獄』の特急こだまのシーンは、現実の犯罪でも模倣されるほどの伝説となった。「細部までリアリティーを追求したサスペンス映画をつくる」という黒澤監督の方針に従って、実直に国鉄へ電話で取材を繰り返した脚本家たちは国鉄の社員から「あんたたち何者ですか」と怪訝そうな目で見られたとか。

 

実際にこだまをチャーターし、東海道新幹線を走らせて撮影されたシーンには、前半部分の室内劇から一転したスケール感と相まって息を呑むような迫力がある。

 

そんな数ある「列車映画」の中でも一際光彩を放つのが、本作『カサンドラ・クロス』だ。あらすじを見ただけでも面白そうな雰囲気がぷんぷんと漂ってくるでしょ。WHO、アメリカ陸軍諜報部、そして大陸横断鉄道だと! この単語の羅列だけでも面白そうな予感がしてくるではないか!

 

そして「カサンドラ・クロッシング」という厳ついネーミング。心の中で3回くらい唱えたら何か起こりそう気がする。

 

本作の期待値が高いのはそれだけじゃぁない。想定制作費800万ドル~1000万ドル。そのうえに、イタリア・イギリス・西ドイツが手に手を取って共同で製作している。

 

これぞまさしく国政製作(ユニバーサル・・スタジオ)。そのかいあって、1976年当時の最高級のスターが結集している。『ひまわり』の時に見せた儚げな美しさが印象深いソフィア・ローレン。みんな大好きダンブルドア校長役のリチャード・ハリス。そして、『OK牧場の決闘』のバート・ランカスター。

 

これだけじゃないぞ!  『地獄の黙示録』に出演する前のマーティン・シーン。若すぎて二度見、いや三度見したレベル。そして伏兵は、映画以上のカーチェイスで全米を賑わせたO・J・シンプソン。

 

これはもはや、スター俳優・女優のバーゲンセールじゃないか。アマゾンのサイバーマンデーもびっくりだわ。

 

さて、これ以降は『カサンドラ・クロス』のストーリー部分に言及していくのだが、まだ本作をご覧になっていない不幸な読者諸君は、是非ともブルーレイを買ってご覧あれ泣く子も黙る天下のImdbでさえスコア6という本作だが、Hush-Hush: Magazineは全力で『カサンドラ・クロス』を応援する。

 

これは紛れもなく、隠れた名作である。「リアリティーがない」だの、「古臭い」だのという、往年のエンタメ映画に寄せられる定型文なんぞ無視して結構。騙されたと思って一度見て欲しい。見終わってから「カサンドラ・クロス」でググった時の検索結果のチープさと言ったらもう…… サハラ砂漠のような不毛な様相を呈しているじゃないか。

 

見て絶対に損しない人の特徴としては、ざっくりとこんな感じ。

 

  • エヴァのネルフ本部を見てテンション上がる、ちょっとこじらせた人
  • 『ストリート・オブ・ファイヤー』のような古き良きエンタメ映画が好きな人
  • 純粋な鉄道オタク気質の人
  • 往年の欧州産アクション映画に散見される「くどい演出」に魅力を感じる変わった人

 

なんだか世間と逆行するアウトローの一覧みたいだけど、エンタメとしても十分に面白いということを言い添えておく。

 

あのね、とりあえず見てみてちょんまげ!

 

Spoiler Warning——以下、ネタバレを含みます

 

欧州版『タワーリング・インフェルノ』は伊達じゃないのよ!

 

『カサンドラ・クロス』のアマゾンでの商品説明には「こいつぁ欧州版のタワーリング・インフェルノだぜ」と書いてある。パニック映画、サスペンス映画としてはたしかに『タワーリング・インフェルノ』と比肩する面白さである。

 

でも、あえて言わせてもらえば、『カサンドラ・クロス』の方が面白かった。

 

最初のタイトルバックからしてテンションが上がる。スイス上空を漂っていたカメラが徐々に降下していって、水面をなめていく。そして、ジュネーブにあるWHO本部が映し出される。タイトルバックが終わるとサイレンを鳴らしてやってくる救急車。

 

「お、なんだWHOって急患の対応もしてるのか」と呑気なことを考えていた次の瞬間、担架で運ばれていた患者がおもむろに拳銃を取り出して警備員を撃つ。救急隊員だと思っていた2人は、変装を解いて爆弾を仕掛け始める。

 

なんだこの序盤からクライマックス感は!

 

「映画のオープニングシーンは短い時間で観客を映画の世界に放り込まなくてはならない。そのためにはアクションシーンが最も効果的である」

かつて読んだ脚本の教材にはそんなことが書いてあって、それを実証してくれたのは『ストリート・オブ・ファイヤー』だった。

 

だがしかし、訂正しよう。『ストファイ』よりも『カサンドラ・クロス』の方が教科書的に優れたオープニングシーンだったと。2番目に名を連ねるのはマーティン・スコセッシ監督の『カジノ』だ。始まったと思った矢先に爆煙をあげて吹っ飛ぶロバート・デ・ニーロに勝るオープニングなんぞ他にまるまい。

 

そして、5人の主要人物たちが列車に乗り込んで物語が動き始める。風光明媚な車窓を楽しんでいるのもつかの間、停車するはずの駅には警官たちが立ち並び、不穏な空気が流れ始める。

 

やがてWHOのヘリがやってきて、保菌者であるゲリラを捕獲しようとするシーンでは007シリーズ顔負けの緊迫したアクションが繰り広げられる。走行中の列車に横付けしたヘリコプターというだけでも、手に汗をかくには十分すぎる。だが、このシーンで注目すべきはヘリで釣り上げられた犬でもなければ、なかば虐待じみた扱いを受けているゲリラでもない。代役もたてずに走行する列車から身を乗り出すソフィア・ローレンである。

 

顔が見えない俯瞰ショットでは代役を使っていたかもしれないけれど、2回目に映ったときは間違いなく本人だった。トム・クルーズならまだしも、麗しきイタリア女優が体を張ったアクション演じるなんて、そうそうあるもんじゃない。『明日に向って撃て!』で列車の上を走るアクションをスタント無しで敢行してポール・ニューマンに怒られたレッドフォード並に無謀である。

 

そして、トンネルの直前まで列車と並走するヘリコプター。「どうせ望遠レンズ使ってそれっぽく見せてるんでしょ」なんて訝って見ていたけど、思いのほかギリギリまで列車と並走していて焦ったわ。食べかけのスニッカーズも忘れて画面に釘付けでしたわ。いい歳した大人とは思えない、あんぐり口をあけて画面を凝視するアホの子みたいな状態になってましたわ、はい

 

ということは、いい歳した大人が子供みたく釘付けになるほど『カサンドラ・クロス』の緊迫感が真に迫っていてすごかったってことになるんじゃないか。

 

やっぱり名作だ……

 

次の大掛かりなアクションシーンは、若かりしマーティン・シーンが列車の窓枠をつたって機関室を目指す場面だ。これはさすがのウィラード大尉でも無理だったのか、潔くスタントマンを使っていた。っていうか、スタントマン使ってまで実際にやっちゃうあたりがすごいんだけれども。

 

プロジェクターで背景だけ映してそれっぽく見せることもできたはずなのに、妥協せず果敢にもスタントマンを投入している点が素晴らしい。直前のシーンで、連結部分から列車の屋上に上がるところは、この手法で撮影されていた。

 

今や大掛かりでハラハラするようなアクションは、007シリーズくらいしか残っていない。まぁ、いくらプロのスタントマンとはいえ危険性は高いわけで、もし万が一の場合を考慮すれば自ずとCG処理に頼ってしまうのも頷けるのだけれど。

 

「これホントに窓枠つたって行くのか。道のり長そうだけど大丈夫なのか」と心配していた矢先に、警備兵に撃たれてあっけなく転落するマーティン・シーン。このときの演出がまた良いんだな。

 

マーティン・シーンの視点で車内の様子をちらっと見せた後で、彼の存在に気がついた少女が驚きながらも彼を庇おうとする。だけど、冷酷にもそれを押しのけて警備兵がマーティン・シーンを窓ごしに撃ち殺す。ほんの一瞬の間なんだけれど、3人の間に流れる緊張感というか、機微がじつに鮮やかに描写されている。

 

そして、クライマックスが近づくにつれて、1000人を乗せた列車は「カサンドラ・クロス」へと迫っていく。連結部分を解除するために引き起こす盛大な爆発シーン。白煙をあげながらカサンドラ・クロスへと向かう列車には、得も言われぬ死の気配が漂っている。

 

「列車はカサンドラ・クロスを通過できるのか」「この騒動はどこに落ち着くのか」————様々な疑問が浮かぶなか、列車はついにカサンドラ・クロスを通過する。身の縮こまるような緊張感がシーンを流れる。そして、大惨劇が巻き起こる。崩壊してゆくカサンドラ・クロス、折り重なって圧壊する列車。事ここに至って、もはやストーリーなんてどこに行き着こうと構わない。そう思わせるほどに、圧倒的スケール感を伴った崩落シーンには、思わず息を呑んだ。

 

崩壊していくカサンドラ・クロスも凄いんだけれど、それ以上に衝撃的だったのは圧壊していく列車内の映像だった。どうやって撮影したのか分からないほどにリアルで生々しい恐怖感がある。天と地がひっくり返って宙を舞う乗客、板チョコのようにぽっきり折れた列車に押しつぶされる乗客。『タイタニック』の浸水シーンにも匹敵するほどの臨場感。ちなみに、カサンドラ・クロスのロケ地は実際のポーランドではなく、イランである。

 

かつてフランソワ・トリュフォーは言った。「クライマックスは感情的にも映像的にも、ストーリーのすべてを凝縮しなければならない」と。

 

そんなトリュフォー先生の教えを実直に守ったかのような、秀逸すぎるクライマックス。映像的にも、ストーリー的にも、これ以上の迫力と興奮は望めないだろう。

 

スケール感で言えば、中盤でWHOの警備兵によって停車させられるシーンも負けていない。クロサワ映画やデヴィット・リーン映画なみのエキストラの数。白い防護服に身を包んだWHOの警備兵たちが、黙々と作業する姿。そして何よりも、迫りくる列車を待ち受ける警備兵たちの姿が何とも怪しくて良いのだ。うん、じつに良い。保菌した乗客が逃げ出さないように、窓に鉄格子を取り付けるあたりもリアリティーがあるじゃないか。しかも、実際に1つずつ取り付けていくという徹底っぷり。制作費1000万ドルは伊達じゃなかった。

 

共同脚本はやっぱり濃ゆいのだ!

 

『カサンドラ・クロス』は先述した圧巻のオープニングシーンに始まって、最後まで緊張感を保ったまま大陸横断鉄道のごとくクライマックスまで疾走し続ける。

 

脚本を書いたのはトム・マンキーウィッツ、ロバート・カッツ、ジョルジュ・パン・コスマトスの3人。最も脂の載っていた時期の黒澤明 監督は常時3人体制の共同脚本でストーリーを書いていた。『天国と地獄』の緻密にして濃厚な脚本は、なんと4人がかりで書かれている。

 

膨大なリサーチを要するスケールの大きい脚本や、登場人物の多い複雑なプロットは共同脚本の体裁をとっている場合が多い。小説を原作とした場合もしかりだ。

 

21世紀の007シリーズなどはその典型で、黒歴史扱いされている『慰めの報酬』にいたっては4人がかりで書かれている————3人集まって何とやらと言うけれど、4人も集まってあの体たらくかというのはさて置き。(オルガ・キュリレンコ可愛いから良いじゃないか

 

一方、『スペクター』は1人しか脚本にクレジットされておらず、これも相まって『カジノ・ロワイヤル』以降のクレイグ・ボンドから少し逸れた作風になったのではないかと思っている。

 

そして、本作『カサンドラ・クロス』はというと、3人がかりで書いた甲斐あって濃密なストーリーに仕上がっている。主要な登場人物たちをうまく描写して、クライマックスでは彼らを束ねて敵側と対立させている。

 

マーティン・シーンが汗だくでうなされている場面で、リチャード・ハリスは注射するのを止め、何かを隠した様子で彼の元を立ち去る。そして、暴挙に出たマーティン・シーンが列車とWHO本部を結ぶ唯一の通信手段である無線を壊す。そこで、彼が麻薬の禁断症状にあることがリチャード・ハリスの口から明らかにされる。

 

そしてこの頃、ジュネーブでは悪性肺炎に感染していた犬の症状が快復に向かっていた。作戦の中止を求める女医に耳を貸さないバート・ランカスター。だが、作戦の中止を伝える手段は失われてしまった。じつに無駄のない展開。これこそまさにエンターテイメント。多少のツッコミどころには目を瞑ろうじゃないか。エンターテイメントはそんなもんなのだから。

 

クライマックス付近の銃撃戦では、O・J・シンプソンが少女を守って銃に撃たれる。自分を取り戻したマーティン・シーンは、勇敢にも窓枠をつたって機関室に向かう。序盤では険悪なムードが漂っていたソフィア・ローレンとリチャード・ハリスは、難局を乗り越えて再び想いを寄せ合う。やたらと時計を押し売りする初老のセールスマンは、茫然自失の様子でジッポーに点火して最期を迎える。

 

そして、各キャラクターたちの想いが入り混じり、列車はカサンドラ・クロスへと迫る。緊迫したサスペンス、各キャラクター達のドラマ、そして「1000人の命と国家機密」という選択。じつに濃厚なストーリーだ。これこそ共同脚本のなせる業である。

 

幼少期をエジプトで過ごしたコスマトス監督は、街で猛威をふるっていたコレラの記憶から本作の着想を得た。鉄道関係者、WHO関係者に長時間の取材を行ったり、何千マイルもスイス鉄道に乗ってロケ地を探したりと、入念なリサーチが本作のリアリティーを支えている。

 

豪華なキャスト陣、力強い脚本、圧巻のスケールで描くヴィジュアル————『カサンドラ・クロス』は紛れもない名作サスペンス映画である。

 

私はこういうエンターテイメント映画が大好きだ。現代から見ると多少の古臭さは感じるかもしれないけれど、ストーリーが展開するにつれて高まる興奮と緊張感、ロマンスとアクションの見せ場、苦難の果てに掴み取るハッピーエンド。エンドクレジットが流れ出した瞬間に、「あぁ良い時間だったな」と感慨に浸る。これこそ娯楽映画だと信じて疑わないあの胸の高鳴りこそ、至高の映画体験ではないか。

 

『カサンドラ・クロス』とはそういう映画なのだ。

 

私にとって『ストリート・オブ・ファイヤー』が傑作映画であるのと同じ理由で、『カサンドラ・クロス』もまた傑作映画なのだ。

 

おすすめ度 

 

作品情報

原題:The Cassandra Crossing

監督: ジョルジュ・パン・コスマトス 『ランボー / 怒りの脱出』

 

脚本:トム・マンキーウィッツ 『007 死ぬのは奴らだ』
ロバート・カッツ
ジョルジュ・パン・コスマトス

 

撮影監督:エンニオ・グァルニエリ 『甘い生活』

音楽: ジェリー・ゴールドスミス 『エイリアン』

編集: ロベルト・シルヴィ 『トゥームストーン』

フランソワ・ボネット

 

製作国:西ドイツ・イタリア・イギリス

配給会社:日本ヘラルド映画

 

上映時間:129分

制作費:800万~1000万ドル

 

Imdbスコア:6.4………*1

Rotten Tomatoスコア:29………*2

(´-`).。oO( 29!!!   29ですよ、奥さん!!  こんな名作を29呼ばわりするなんてトマトユーザーの連中は何を考えとるんだ…)

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