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映画の批評・感想を綴る大衆紙

『影武者 / Shadow』: 水墨画のような、限りなく美しいアクション映画

映画『影武者 / Shadow』

 

 

あらすじ

時は三国志の時代。沛(ペイ)国は、自国の領土「境州」を奪った炎国と休戦協定を結んでいた。沛国内は、アホ丸出しの王を筆頭とする穏健派と、勇猛たけだけしい重臣、都督(トトク)に従う武闘派に二分していた。ある時、都督は王の断りもなしに単身で炎国に赴き、敵国の将軍楊蒼(ヤン・ツアァン)へ対決を申し込む。怒り狂った王は、都督を解任。だが、彼には秘密があった。彼は都督本人ではなかった──瓜二つの影武者だったのである。

 

アクション映画の流れをリアリティー路線へと変えたのが『ボーンアイデンティティ』だとするならば、『HERO』はアーティスティックな路線を開拓した尖兵となる。

 

『HERO』が公開されたのは2002年。それから10年を経て、007シリーズ第23作目『スカイフォール』が公開された。ボンド映画史上初のアカデミー賞候補にノミネートされるほど、圧巻の美しさを誇るアクション映画に、全世界の映画ファンが度肝を抜いた。そして、その2年後には極限まで『ジョン・ウィック2』が公開される。極限までストーリー性を排し、ストイックなまでに美しい画面設計に拘った本作は、批評家からも高い評価を得た。

 

同年に公開された『アトミック・ブロンド』、2018年に公開された『レッド・スパロー』と、アクション映画のアート化が進んでいる。その火付け役になったのは、2002年に公開されたチャン・イーモウ監督作『HERO』だと言ってもいいだろう。

 

絵画のように設計された色合い、ハイスピード撮影による美しいスローモーションとワイヤーアクションの組み合わせ、耽美的な「水」の演出──まるで舞っているかのような華麗なアクション映画。

 

これは単なる娯楽的なアクション映画ではない。もはや、アート映画の域に達している。

 

そして、『HERO』公開から16年を経た今、チャン・イーモウは更なる進化を遂げた。耽美的で叙情的だった『HERO』の雰囲気はそのままに、さらに「美」の側面を磨いたのが本作『影武者 / Shadow』である。

 

カンヌ、ヴェネツィア、ベルリンの3大映画祭で数々の賞に輝いた本作は、アート系アクション映画の新領域を切り開いた。

 

Spoiler Warning——ネタバレを含みます

 

ミニマルな美しさ

 

映画『影武者 / Shadow』

©2018 Perfect Village Entertainment HK Limited Le Vision Pictures(Beijing)Co.,LTD Shanghai Tencent Pictures Culture Media Company Limited ALL RIGHTS RESERVED

 

まるで水墨画のような世界観。白と黒のモノトーンを基調にした画面設計。広々とした水面に浮かぶ宮殿からは、幾重にも重なった山々が望める。折り重なった山々が描く淡いグラデーションは、まさに水墨画のそれである。

 

『影武者 / Shadow』は、全編を通して「ミニマルな美しさ」に溢れている。絵画的な色合いと、水の演出が際立っていた『HERO』とは違った美しさが画面を覆う。

 

水墨画をイメージしたモノトーンの色合い。太極図に象徴されるミニマリズム。細やかな機微を表現するかのような琴の音。広範な湖にポツンと浮かぶ宮殿──どれもこれも極限まで削られた、モダンな美しさを放っている。

 

クロサワ的な雨

 

本物の都督(トトク)が、影武者に武術を指導するシーンでは巨大な祠(ほこら)のような空間に大きな太極図が現れる。しかも、天井からはしきりに雨が降っている。

 

本物の都督が巨大な竹を振りかざすと、その一挙手一投足をスローモーションが捉える。雨雫が滴る中を突き破る巨大な竹。『HERO』でも特徴的に使われていた「水」を使ったアクションの演出が、今作ではより濃厚になっている。

 

「なんやこれは……クロサワのフォロワーか」と思った人も多いのでは。

 

黒澤明 監督は、作中の至る所で雨を降らせてシーンの感情を盛り上げた。チャン・イーモウ監督の場合は、これでもかと言わんばかりの勢いで「雨」を多用する。いや、乱用すると言ってもいいかもしれない。

 

本作では、ほぼ全編を通して雨が降りしきっている。物理的にあり得ないこの状況を作り出すために、わざわざ冒頭で占い師に「7日間雨が降れば、勝利が訪れるでしょう」と言わせている徹底っぷり。

 

「いやいや、一週間も雨降ったら嫌やわ……」


と一人でツッコんでいたのだけれど、いざストーリーが進んでいくと「雨」の演出はくどさも感じさせないほど、ひたすらに美しかった。

 

「雨」の演出が本領を発揮するのは、クライマックスの戦闘シーン。雨に打たれ、額に髪を撫で付けながら戦う沛(ペイ)国の戦士たち。この泥臭い感じ、まさにクロサワ的である。

 

アンブレラ・ソード:傘

 

映画『影武者 / Shadow』

©2018 Perfect Village Entertainment HK Limited Le Vision Pictures(Beijing)Co.,LTD Shanghai Tencent Pictures Culture Media Company Limited ALL RIGHTS RESERVED

 

降りしきる雨をスローモーションで情緒的に切り取り、そこへ舞踏のようなワイヤーアクションを併せる。このコンビネーションが、アクションシーンを限りなく美しいアートに変貌させる。

 

楊蒼(ヤン・ツアァン)の繰り出す必殺技──最大限にリーチを活かして、巨大な槍を振り回す──のモーションの美しさったら、まるでバレエのよう。武器の柄を持って最大級のリーチで相手を斬り殺すこの技には、『シグルイ』的な香りがしないでもないけど、そんな疑問はすぐに吹き飛ぶ。

 

そう。傘の登場によって、そんなくだらない疑問はいずこへかき消える。

 

だって、ほら、傘ですよ。傘。
英国紳士にとってはマストアイテム。我々日本人にとっては、コンビニでも買える半ば使い捨てのツール。そんな傘が、まさか三太刀必殺の技を防ぐなんて、誰が想像できようか。

 

「楊蒼(ヤン・ツアァン)の武術は、激しい陽の技。それを封じるには、陰の技が必要」

 

見目麗しい奥方は、こともなげにそう言ってのけるけど、この発想すごくロマンに溢れてると思う。なかなかアニメ的というか、非現実的なこの発想をある程度の説得力を持って描く戦闘描写。豪快に振り出された竹をいなすように、くるくると回転する傘の表面。

 

合気道的な力の働きを感じるこの動きこそ、楊蒼(ヤン・ツアァン)を封じる唯一の手段だった。

 

アクションゲームにおけるボス戦の戦い方。当たれば大きくダメージを受ける大技を、ひたすら回避し続けて相手に隙を与え、小さなダメージを積み重ねていく戦い方。この受け身な感じが、最高にグルーヴィーだ。

 

職人技:クラフトマンシップ

 

映画『影武者 / Shadow』

©2018 Perfect Village Entertainment HK Limited Le Vision Pictures(Beijing)Co.,LTD Shanghai Tencent Pictures Culture Media Company Limited ALL RIGHTS RESERVED

 

本作でチャン・イーモウ監督が掲げた目標の一つに「クラフトマンシップ」がある。元々カメラマン出身のイーモウ監督らしい決断だと思う。極力CGは使わずに、職人的な仕事をする──今作を撮るにあたって、イーモウ監督はそう固く誓った。

 

クラフトマンシップとはなんぞや。カタカナを漢字に変換すれば「職人技」──つまり、クオリティに対する飽くなき追求心ということ。妥協を許さず、徹底的に拘るということ。

 

『影武者 / Shadow』は、そんなイーモウ監督の職人気質がぎっしり詰まっている。

 

本物の都督(トトク)が忍んで暮らす隠し部屋の入り口、竹を使った巨大な船、竹筒を使った潜水ポンプ、そして傘の刃(アンブレラ・ソード)

 

『ミッション・イン・ポッシブル』に勝るとも劣らない、このギミック感。そして、それを極力リアルに描写するイーモウ監督の演出。これを「クラフトマンシップ」と言わずしてなんと言うのか。

 

楊蒼(ヤン・ツアァン)の息子からバカ皇帝の妹へ送られた護身刀に至っては、画面に登場するのはほんの僅かにも関わらず、工芸品のような装飾を施してある。クライマックスの戦闘が終わって、ようやく事態の異変に気付いたバカ皇帝が妹の亡骸へ駆け寄るシーンで、ほんの数秒画面に映るだけである。たった数秒のために、工芸品のような小道具を用意する──この偏執狂的な拘りは、まさに「職人技」以外の何物でもない。

 

クリストファー・ノーラン監督が、『ダークナイト』で病院一棟を丸ごと爆破したのと同じエネルギーを感じさせる。

 

そして、本作最大のギミック「アンブレラ・ソード」
「刃を搭載した傘」というアニメ的なギミックに溢れたこの武器を、実際に作ってしまうあたりがじつに職人らしいじゃないか。おまけに、傘の柄の部分をスライドさせれば刃を投擲できるという遊び心まで仕込んである。

 

そんなアンブレラ・ソードの特徴を最大に生かしたクライマックスの戦闘シーン────上下に連結した傘の間に潜り込み、坂道を滑走しながら敵陣のど真ん中へと突き進む────は、「うぉぉぉお!」と身を乗り出して画面に食い入ること間違いなしだ。

 

20世紀の007シリーズで感じたような、あのギミック感が織りなす胸のトキメキと同じものを感じる。数十人が一斉に傘を開けて、女性的な動きで炎国の兵士たちと対峙する瞬間は、まさに圧巻の一言に尽きる。

 

主演ダン・チャオ

 

黒澤明 監督の傑作『影武者』で、影武者と本物の将軍の両人ともに、仲代達矢が演じたのと同じく、本作でも影武者と本物の都督(トトク)は同じ俳優が演じている。


影武者の筋骨たくましい肉体から一気に減量して、病に臥す都督を演じたのはダン・チャオ。

彼の出演している他の作品は、まだ観たことがないのだけれど、なかなかの実力派俳優だということは本作で十分に伝わった。

 

奥方へ密かに思いを寄せる影武者と、それに薄々気づきながらも見て見ぬ振りをする都督。両者を同じ俳優が演じるからこそ際立つ、この微妙な心の揺れ動きをダン・チャオは器用に演じ分ける。

 

決戦前夜、ついに奥方に手を出した影武者。それを隠し扉から覗き見する都督。言葉にならない喪失感を、セリフもなしに目だけで表現できるのは一流の俳優である証しだ。

 

もし、中国でアカデミー賞があるのなら、真っ先に主演男優賞を差し上げたいくらい素晴らしかった。

と思っていたら、名だたる映画賞を受賞しているらしく、ますます他の出演作品が気になってくる。

 

全体的に物静かなトーンで進む本作だが、各人のドラマが緻密に織り込まれているので、最後までダレることなくクライマックスへと突き進む。そして、モノトーンの映像美と合わさって、本作は芸術的なアクション映画へと昇華する。

 

 

まさに「職人技」の骨太なアクション映画。『HERO』と並ぶアクション映画の傑作が、新たに誕生した。

 

劇中で度々登場する「透ける屏風」。あれの名前が知りたいんだけれど、どなたか知ってる方いませんか?

 

おすすめ度 

 

作品情報

原題:Shadow

監督:チャン・イーモウ『HERO』『LOVERS』

脚本:チャン・イーモウ / リー・ウェイ

撮影監督:チャオ・シャオティン 『グレート・ウォール』

音楽:Loudboy

編集:ショーリン・チョウ

製作会社:Perfect Village Entertainment他

上映時間:116分

制作費:約45億円………*1

Imdbスコア:7.1………*2

Rotten Tomatoスコア:95………*3

*1:IMDb

*2:2019/09/21時点

*3:2019/09/21時点