原作小説の発行部数が全世界2000万部を突破。
ゲームの販売数は430万本以上。
モバイルゲーム のダウンロード数は2500万──異論の余地なく『バカ売れ』した作品、それこそ『SAO(ソードアート・オンライン)』だ。
押井守監督をゴリ押ししている『Hush-Hush: Magazine』としては異例のことながら、今回取り上げるのはそんな超絶人気コンテンツの劇場版『ソードアート・オンライン オーディナル・スケール』
なぜ今更『SAO(ソードアート・オンライン)』なのか?
理由はいたって単純である。
ハマりました…
完全に。完璧に。もう夢中ですわ。
ライトノベルなんぞ学生時代には読み漁っていたけれど、いい年こいた大人になって読むのもなんだか気恥ずかしい……
そんな気後れもあって敬遠していたのだけれど、あまりにも友人が執拗に勧めてくるものだから「そんなに言うなら、どれどれ……」とかツンデレ感丸出しでTVシリーズを観始めたのが1ヶ月ほど前のこと。
その結果……
「なんやこれ、めちゃくそおもろいやないか!!!!!!!」(品を欠いた表現でスンマソン)
と相成って、現在に至る。
思春期真っ只中を、アニメ漬けで過ごした私の奥底に眠っていた「オタク」の部分が、やおら頭をもたげてきたのである。
いつの間にやら、実写映画の鑑賞数の方が多くなってしまったけれど、元を辿れば私は年季の入ったオタクだ。
『涼宮ハルヒ』の洗礼を受け、『とある科学の超電磁砲』で天啓に打たれ、『シュタインズ・ゲート』に影響されてコミケに参戦した類の人間なのだ。
挙げ句の果てにはエロゲにまで手を出す始末。
新海誠作品を見れば『Leaf』時代に新海さんが参加した『efシリーズ』が思い起こされるし、Ageの代表作『マブラヴ オルタネイティヴ』はハリウッドの一流映画に比肩する傑作だと信じてる、なかなかに痛い人間である。
(『ダークナイト』を初めて観た時に『装甲悪鬼村正』が頭をよぎったのは私だけじゃないはず……)
20世紀のフランス映画並みに前置きが長くなってしまったけれど、そんな経緯で『ソードアート・オンライン オーディナル・スケール』を全力全開(なのは的な)でレビューしようと思う。
これぞ日本のエンタメ
TV版のSAOを観始めた時、最初に感じたのは「完成度の高いエンタメ作品だなぁ」ということ。
あのね、観客の「ツボ」を着実に掴んでいくのよ。観始めたが最後、止まんないんですよ……
3話あたりでストーリーの本筋が動き始めて、「次のエピソードを再生」のボタンを押してしまう海外ドラマの中毒性と同じですよ、言うなれば。
飄々とした孤高の青年が主人公、しかもゲーマーという厨二心をくすぐる設定。案の定でヤブキジョウ、絶体絶命のピンチに陥ったら「グアぁぁぁぁ」って叫びながら覚醒するのは、ラノベならではの胸熱展開(お約束)。
HPが0になると実際に死んじゃうゲームの中で、すったもんだあって成長していく主人公。気がつけば周りには頼れる仲間がいて、それぞれ個性的なヒロインが吸い寄せられるように主人公に群がってきて、そのうえメインヒロインのハートを射止める──これぞエンタメですよ‼︎
実写映画やらハリウッド映画には到底実現できない──というか、実写でやろうとしても成立し得ない──アニメならではのエンタメですよ、奥さん‼︎ あ、いや、兄さん‼︎
最近のラノベに疎い私が言うのもアレだけど、今どき書店で平積みになって並んでるライトノベルって、その辺のツボを押さえてると思うのよね。
でも、SAOはさらにその上を跳躍していくのよ。
そもそもの前提、完全に感覚を持った状態で仮想空間に没入できる、というストーリーの根幹を成す設定部分。
これがまた秀逸なんですわ。
ファンタジーに寄り過ぎず、かと言って専門用語を多用してワケワカメになるわけでもなく、エンタメ的な均衡がとれている。要するに、設定としての説得力はありながら、ストーリーを理解する邪魔にならない。
このバランスが良い。
例えるならば、苦味とまろやかさが絶妙な、有名喫茶店のカフェオレですよ、決して誇張ではなく。
でもって、個人的にSAOへの高感度がいや増したのは、ちゃんとヒロインとキスするところ。
ラノベの主人公って、何人もの麗人がわんさかと言い寄ってくるじゃないっすか。
その中から1人のメインヒロインを選ぶこともなく、どっちつかずの態度ではぐらかして、その場をうまくやり過ごす。けど、女の子がピンチになったら自ら火の中に頭を突っ込んでいく──ラノベの定番って、この「型」なんだって、ずっと思ってた。
(最近のラノベは違うのかな…? 詳しい人だれか教えてくださいまし)
でもね、SAOの主人公キリトさん(なんか呼び捨てにしづらいオーラがある)は違うのよ。煮えきらない態度じゃなく、ちゃんと想いを伝えるし、行動でそれを示す。
おいちゃん、これには「ほほう…」って唸ったよね。(← なんで上から目線やねん)
ヒロインのアスナも純情だけど、キリトの示すアスナへの想いも曇りが無くて純粋なんだよね。この混じり気の無さというか、澄み渡った淡い青春の恋心が琴線に触れまくりでしたわ。
だって、まさかこの歳になってアニメで泣くなんて思ってなかったもの。アインクラッド編でアスナが「あんなこと」になった時は、ホントに胸が張り裂けそうになったもん。
おそらく幾千のアスナファンの諸氏が、「おい、どうすんだよこれ…」って独りごちながら、画面に釘付けになったのは想像に難くない。
というか、これだけ前のめりにさせるほどキャラクターを生き生きと描ける原作者の川原礫さん、ホントにすごいわ。
たった一人でホグワーツの世界を作った、JKローリングもびっくりなほどすごい。
賛辞は聞き飽きたから、早く『劇場版』の話をしろよと毒づいたそこの貴方。もうちょっとだけ付き合って‼︎
でね、これだけでも十分にSAOシリーズはハマる要素満載なんだけど、それだけじゃないんだな。おいちゃんが、ここまでどハマりした理由は「エンタメ的なストーリー展開」ですよ。
おい、そこの君、「何言うとんねん」みたいな白い目で見るのはお止めなさい。
ほら、映画やアニメ好きな人なら感覚的に分かるでしょ。
ほっこりするシーンがあったと思ったら、事態が急展開して主人公が突然ピンチに陥って…… 絶体絶命の状況なんだけど、観客は心の奥底で分かってるんだよね──きっと起死回生の「どんでん返し」が起こって、最後には正義の主人公が勝つんだってことを。
心の奥底ではそれを分かっていながら、二転三転する事態を前にして思わずハラハラしてしまう──あの感覚こそ、エンタメ的な面白さに他ならない。
最後にはハッピーエンドが待っている。そこに至るまで紆余曲折があって、艱難辛苦もあるけれど、観客は主人公の可能性を信じてる。シェイクスピアの時代、否、神話の時代から不変の、この胸熱な展開こそ「王道にしてエンターテイメント」。
キリトが窮地に陥ったり、そこから起死回生の一打を打ち出したり、ギャグでほっこりしたり、なし崩し的に出来の良い妹がストーリーに加わってきたり──このバランスの取れたストーリーこそエンタメですよ‼︎
「現実的じゃない」とか「説明セリフ多過ぎ」とかいった御託は聞き流してOK牧場。そんな些末なツッコミどころに気が向く前に、先の読めないストーリーに釘付けになるから良いんですよ。
「99%のリアルと1%のファンタジー」──『シュタインズゲート』のインタビューで志倉千代丸さんが言った言葉だけど、これこそエンタメの本質だと思う。
つまり、観客をある程度納得させるだけのリアルさがあって、夢中になるようなストーリーさえあれば、残った部分は物の数ではないということ。
SAOシリーズがこんなにも面白いのは、この「エンタメ性」のパラメーターが振り切れているからなのよ。
この面白さ、もはや『バック・トゥ・ザ・フューチャー』並みですよ。
いや、ホントに。掛け値なしで。
あ、そろそろ『劇場版』の話します……(遅い)
Spoiler Warning──以下、ネタバレを含みます
あらすじ
「マザーズ・ロザリオ」編と「アリシゼーション」編の間にあたる2026年が舞台。AR(拡張現実)デバイス『オーグマー』が発売され、MMORPGゲーム『オーディナル・スケール』が人気を集めていた。だが、SAO 旧アイクラッドのボスキャラクターが出現し始め、雲行きが怪しくなってくる。さらには、プレイヤーランク2位の謎の男も出現し……
川原礫さんによる完全オリジナルのストーリー。今回は仮想空間(VR)ではなく、拡張現実(AR)が舞台となる。
このストーリー自体が本編から独立しているので、TV版SAO未見の人も楽しめる内容となっている。もちろん、TV版から追いかけていたファンには嬉しすぎるサービスもてんこ盛りである。
SAO事件の発端となった次世代型VRマシン『ナーヴギア』、その後継機にあたる『アミュスフィア』と続いて、今回登場するデバイスは拡張現実マシン。その名を『オーグマー』と言う。
開発したのは、SAOを開発した茅場晶彦の師にあたる人物、重村教授。この鋭角的な髭の持ち主であるオッサンが、SAO事件で失った愛娘をAIとして生き返らせようとすることから色々と厄介な事になる。
『オーディナル・スケール』のイベントガール、ユナちゃん旋風が日本列島を覆う中、にべもない様子のキリトさん。だが、旧アインクラッドのボスモンスターが『オーディナル・スケール』に出現し始めると、積極的に首を突っ込んでいく。
仮想空間では最強の剣士だったキリトさん。日頃の運動不足がたたって、ARゲームでは苦戦を強いられる。挙げ句の果てには、アスナから「運動不足じゃない?」とドヤされる始末……
なんだかんだと言い訳していたキリトさん。『オーディナル・スケール』をプレイしていたアスナが、SAO時代の記憶を無くしたのをキッカケにスイッチが入る。
というか、ブチギレる。
ブチギレたキリトさんほど恐ろしいものはない。鬼に金棒、キリトに片手剣とはこの事である。
序盤では10万位クラスだったランキングは、いつしか9位になる。
(たった一人で次から次へとボスモンスター倒してたら、そりゃそうなるわな…)
そして、ARアイドル『ユナ』ちゃんのライブ会場でもって、ストーリーはクライマックスへと突入する。
片時も『SAO事件簿』なる俗っぽいドキュメンタリー本を手放さない、元血盟騎士団のメンバー、エイジとの対決。クロスカッティングで進行するユナちゃんのライブ。ずっと独り言喋ってると思ったら、ちゃっかり茅場と話てる重村教授。いくら軍人とはいえ、おもむろに懐からオートマチックを取り出す菊岡さん。
でもって、色々あって旧アインクラッドの第100層に赴くことになるキリトさん。なんでも、100層のボスを倒せば会場に現れたボスモンスターを一掃できるアイテムが手に入るんだとか。
この時点で「もはやチートじゃん……」ってツッコミ入れたのだけれど、チートだったのはアイテムの方じゃなくて100層のボスの方だった。
HPゲージはかつてないほど大容量だし、シールド堅いし、自己回復するし、なにより「デカい」し‼︎
当然のことながら、流石のキリトさんでも苦戦を強いられる。
みんなのアイドル、シリカ嬢にいたっては圧死寸前にまで追い込まれる(これ「マジでやめて」って思った…)
だが、こんなピンチを切り抜けるのがキリトさん。ユイちゃんの機転によって、心強い──というか実際強い──救援が駆けつける。
(劇場版におけるユイちゃんの「何でも屋感」半端ないけど、そこは気にしたら負け)
SAOでキリトと過ごしたかけがえのない記憶を失って、意気消沈していたアスナもようやく立ち直り、加勢する。
この急展開っぷり、めちゃくちゃテンション上がる‼︎
ここからはフルボッコタイムですわ。
全員が持てるソードスキルを駆使して、魔術を使ってボスをフルボッコ。そう、文字通りボッコボコですわ。なんと言うか、「生まれてきてごめんなさい」っていうボスモンスターの心の叫びが聞こえるくらいの徹底っぷり。
二刀流になったキリトさんは無双状態だし、なぜかガンゲイル・オンラインのオッサンも出てくるし、アスナは『マザーズ・ロザリオ』の11連撃を繰り出すし、とにかく胸熱すぎる展開。
かくして、100層のボスはあっさり倒れ、晴れてチート級のアイテムを手に入れるキリトさん。あとは、そのチート級アイテムでボスモンスターを一掃して、アスナと星空を見上げてめでたし、めでたし。
最高のファンサービス
『オーディナル・スケール』は、SAO未見でも楽しめる内容となっているけれど、これは言ってしまえば「最高のファンサービス」ですよ。
TVシリーズのストーリーを邪魔しない形で展開されて、なおかつシームレスに『アリシゼーション』編に引き続く独立したストーリー。
スターウォーズにおける『ローグ・ワン』的な立ち位置の作品とも言える。
ストーリーのベースとなるのは、やはり「キリトとアスナの想い」──2人が互いを想い合う気持ちが、ストーリーを牽引していく。
アインクラッドで過ごしたキリトとの思い出を失い、拠り所が無くなったアスナ。かけがえのない思い出を失ったアスナが、意気消沈する様子は胸を掻きむしられる。アスナの日記を見てしまったキリトが、愛おしさを感じて彼女を押し倒す場面は、なんとも瑞々しい。
(羨望の眼差しが無かったと言えば嘘になるけど……)
どれだけヒロインが増えようと、違うゲームが舞台になろうと、結局のところ『SAOシリーズ』というのは「キリトとアスナの物語」なのだ。
2人の強い想いが、この長大な叙事詩を繋いでいる。
『オーディナル・スケール』には、ファンサービスがてんこ盛りである。
TV版で登場したキャラクターたち──シリカを追っかけ回していた2人組まで登場する大盤振る舞い──が随所に現れるわ、アインクラッドで攻略組が対峙したかつての強敵は出現するわ、TV版から親しんだファンなら思わずテンション上がること請け合いである。
そう、アムロみたいに「こんなに嬉しいことはない…」と言いたくなるくらいに。
TV版でも『アクション作画監督』を置いているほど、SAOシリーズのアクションシーンは凄まじいクオリティなのだけれど、今回はなんてったって「劇場版」。
そう、お金の注ぎ込み方がTVの比じゃない。
つまり、作画がリッチ(語彙力…)
アクションシーンが半端なく動くのよ‼︎
動く、動く、動くわ。
めちゃくちゃカッコいい作画に加えて、特殊効果やら、3DCGも組み合わさって非常にリッチなヴィジュアルに仕上がっている。
エイジとの決戦シーン、100層での大乱闘シーン。今では珍しくなった背景動画まで拝めるのだから垂涎は必至である。
でもって、神田沙也加さん&井上芳雄さんというスペシャルゲスト。
なんやこのミュージカル感は……
「まさか井上さん突然歌い出さないよな…」という一抹の不安はあったけれど、それにしても豪華なキャスト。
声の主が井上芳雄さんだと判明した瞬間に、ちょっと鼻につく感じのエイジが、突然いい奴に思えてきたのはここだけの話。
それにしても、神田沙也加さん、ホンマに歌うまいよなぁ。
またミュージカル見にいこ
手が届きそうな近未来
SAOに登場する近未来感溢れるガジェットの数々は、どことなく現実と地続きになった感じがある。
作中では2022年にフルダイブ技術が開発されているけれど、これが現実となるのもそう遠い話ではなさそうだ。
脳の視覚野、聴覚野に直接信号を送り込むことで完全に感覚を持ったまま仮想空間にダイブできるという設定も、『オーグマー』によって記憶を抜き取るという設定も、どこか現実味を帯びている。
実際、マウス実験では脳に電極を差し込んで記憶を書き換える事に成功しているし、脳から電波を読み取ってデバイスを動かす実験も成功している。
脳の研究が進み、「意識」の正体が解明された暁には、感覚を持った状態で仮想空間にダイブできる日が来るかもしれない。
『オーグマー』のようなARデバイスはまだ実現していないけれど、形だけ見れば一時期話題となった『Googleグラス』がそれに近いし、数年前から人気を帯びている『VR Chat』は『オーディナル・スケール』のような全視界を覆い尽くすビジュアルを実現している。
劇中では国民的アイドルとして描かれているユナちゃんにしても、『Vチューバー』と『ボーカロイド』を掛け合わせたら実現できそうな気がしてくる。
AIのユナとキリトがアインクラッドで対峙するシーンでは、現実世界に戻ってきたキリトに対し、警備員がぼそっと一言漏らす。「オーディナル・スケールやってたのかい? 最近、多くてね。気をつけるんだよ」
この構図、街中で『ポケモンGO』に夢中になって通行人とぶつかる人と似ているじゃないか。
『オーグマー』で遊べるゲームの報酬が、企業とのタイアップによって実現した「割引クーポン」だという点もリアルだ。
IoTやら、ユビキタスネットワークやらが実現された時、私たちの生活には広告が侵入してくることになる。現在でも、私たちは広告の嵐に巻き込まれて日々を過ごしているが、あらゆるものがネットワークに接続されれば、部屋のソファでくつろいでいるプライベートな時間にすら、広告は容赦無く侵入してくるだろう。
このあたりの、フィクションとリアルの境界線が、SAOでは絶妙な塩梅で描かれている。手を伸ばせば届きそうな近未来──現実世界と地続きになったS Fファンタジー的な感覚こそ、SAOの世界を身近に感じる所以なのだろう。
「MVPおめでとう」ってユナちゃんに度々褒められてたアスナ。その言葉、どっちかというとユイちゃんの方が適切じゃ……
おすすめ度 | |
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原作:川原礫
キャラクター原案:abec
監督:伊藤智彦
脚本:川原礫 / 伊藤智彦
絵コンテ:伊藤智彦 / 鹿間貴裕
総作画監督: 足立慎吾
作画監督:前田達之 / 西口智也 / 鈴木豪 / 小松原聖 / 奥田陽介 / 中村直人 / 須藤智子 / 伊藤公規 / 滝山真哲 / 小林直樹
撮影監督:脇顯太朗
美術監督:長島孝幸
音楽:梶浦由記
編集:西山茂
製作会社:A-1 Pictures
配給会社:アニプレックス
上映時間:119分