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ネットフリックス『ULTRAMAN』 | 日本版アイアンマンになり損なった中途半端なアニメ

ネットフリックス ウルトラマン

 

 

『月刊ヒーローズ』で連載中の漫画を原作とした、ネットフリックスのフル3DCGアニメーション作品『ULTRAMAN』が4月から配信された。

 

監督は『攻殻機動隊』『東のエデン』などのヒット作を生み出した神山健治 監督と、『アップルシード』『キャプテンハーロック』などの優れたCGアニメーションを手がけてきた荒牧伸志 監督のダブル体制だ。

 

日本が誇る2大監督は今後もネットフリックス主導で『攻殻機動隊』『ブレードランナー』の2作品を手がけるようだ。さて、本題の『ULTRAMAN』なのだが……

 

率直に言って、不完全燃焼がハンパない。

 

神山健治、荒牧伸志という日本のアニメ界を代表する2大監督の名前を大々的にフューチャーしていた本作。だが、蓋を開けてみれば神山監督はCGキャラクターの開発段階にしか関与しておらず、脚本すら書いていない。最初の1話、2話あたりは「最初からクライマックス感」が満載だったし、3話目あたりからテレビで取り沙汰されるウルトラマンの描写などは、社会派の神山さんらしい展開だなと思っていた。

 

だが、だがしかし、ネットフリックスの悪魔のツール「自動で次のエピソードを再生」を止めてエンドクレジットをつぶさに見てみると、脚本のところに神山健治の名が無いじゃないか!

 

えぇ、まぁね、あまりにも鬱陶しすぎる諸星弾のキャラクター造形とか、主体性のなさすぎる早田進次郎の性格描写を見ているうちに「ん? なんだかおかしいな……」とは思っていたんですよ、ホントは。

 

洋画的なストーリーテリングに、アニメ独特の空気感を巧みに織り込む神山監督らしからぬ、あまりにも薄っぺらな人物描写・プロット。「こいつぁ、天変地異でも起こるんじゃなかろうか」と思ってエンドクレジットを見てみたら……

 

案の定で矢吹丈でしたよ!!!

 

ちょっと待て、ネットフリックス。あれだけ大々的に宣伝していた神山健治 監督の存在感皆無じゃないか!!   予告編詐欺に定評のあるネットフリックスだけど、今回ばかりは完全にしてやられた。

 

「これは神山健治版のダークナイトなのではないか」とさえ思っていた最初の3話で感じた興奮は、冷水を浴びせられた急所のごとく、ものすごい勢いで萎んでいった。神山さんは著書『映画は撮ったことがない』の中で、かつてこう語っていた。

 

「ダークナイトの完璧な脚本を誰かがぶち壊さないといけないんですよ。ノーランの脚本には隙がない。あの完全性こそがダークナイトの欠点なんです」と。

 

私が敬愛してやまないクリストファー・ノーラン監督を、これまた私の大好きな神山健治監督が批判しているというアンビバレントな構図。ノーラン監督の作風は大好きだけど神山監督の言い分も分かる。それ故にどちらの肩も持ちかねる、夫婦関係を傍から見ているような感覚を覚えた。

 

そんな経緯があったので、最初の3話目あたりで私は早とちりして「こいつぁ、ついに神山監督がノーランに喧嘩ふっかけたな。よろしい、ならば戦争だ」とか、勝手に舞い上がっていた訳ですよ。

 

ウルトラマンスーツVer7.0のカッコ良さに惹かれて最期まで観たけれど、終盤に差し掛かるにつれて迷走を極めてゆくストーリーには始終フラストレーションが溜まりっぱなしだった。

 

近年の神山監督はこれでもかとファンを焦らす。『シン・ゴジラ』で企画協力に参加してみたり、Webアニメを公開してみたり。満を持して公開された『ねむり姫』は「夢での出来事が現実になる」という同じ状況設定の『君の名は』と公開時期があまりにも近すぎて話題をさらわれてしまったし……

 

(´-`).。oO(神山監督が撮った『攻殻機動隊』が早く観たいなぁ)

 

映像面は素晴らしい

ULTRAMAN 公式サイト

ULTRAMAN 公式サイトより

ネットフリックス製作のアニメ版『ULTRAMAN』は、映像面に関しては出色の出来栄えだ。全編フルCGでつくられたアニメながら、コテコテのCG感があるわけでもなく、それでいてアニメ感の余香も残っている。

 

ギズモード・ジャパンのインタビュー記事によると、神山監督が主にCGキャラクターの作り込みを、荒牧監督がモーションキャプチャーによるアクションを担当したようだ。

 

手描きでは再現できなかった複雑なライティング、東京の街の空気感まで感じるほどリアルな建物と質感。ライティングと質感は、セルルック寄りのCGアニメにしてはリアル志向だ。

 

人物の動きはモーションキャプチャーを使ったフルアニメーションだが、目パチや口パクなどの動きはリミテッド・アニメーションの手法が採用されている。コマ抜きにすることで、敢えてアニメ感を演出することに成功している。

 

フルCGで製作されたことで、従来の手描きでは実現できなかった実写的なカメラワークも新鮮だった。『空の境界』や『Fate / Zero』でUfotableが規格外のカメラワークを披露していたが、『ULTRAMAN』の場合は会話シーンなどの日常パートでさり気なく実写的なカメラワークを使っている。

 

(Ufotableの曲芸的なカメラワークは規格外すぎて、比較対象としてはどうかと思うけれど…… あの躍動的なカメラワークはもはや実写レベル。『Fate / Zero』で教会の中をドリーするショットなんて、地上波のレベルじゃない。バーサーカーの造形だけでも十二分に殺人的なのに、そのうえ実写的なカメラワークまで持ち込む無謀っぷり。 Ufotableのデジタル班のスタッフは、まさに職人である

 

たとえば、会話シーンで椅子から立ち上がって室内を移動する人物をカメラが追いかける映像。こんな演出は、従来の手描きアニメでは到底実現できなかった。これによって、邦画が得意としてきた静的なカメラワークは今やアニメにも持ち込まれたことになる。

 

他にも、通路を歩く人物を背後から追いかけるカメラワーク。クリストファー・ノーラン監督が好んで使うこの手法も、実写映画ではよく見られるが、手描きアニメではそう易易と使えない。背景をゆっくりと前後に動かすことで、擬似的に奥行き感を出すことは可能だがCGで背景を作るとなるとそうもいかない。その点『ULTRAMAN』はフルCGなので、何の違和感もなくステディカム風のショットをドラマパートで使うことができる。

 

目新しさで言えば、キャラクターの頭上にカメラを据えて撮影したという主観ショットも忘れてはいけない。人物の視点と同化してあたりを見回す映像は、まるでその場に居合わせたかのような臨場感を与える。

 

圧巻のアクションシーン

 

ストーリーに関しては中途半端な出来栄えの本作だが、そんな欠陥を補って余りあるほどにアクションシーンが素晴らしい。縦横無尽に動き回るカメラ、モーションアクターによる重量感のある動き。ケレン味に富んだ手描きアニメーションのアクションとは異なり、実写的なヌルヌル動くダイナミックなアクションに仕上がっている。

 

何と言っても、スペシウム光線を出す時のギミック——両手首のコネクタを接続してスライドさせる——がガジェット感満載でめちゃくちゃカッコいいのだ。これが最初の2話で登場するのだから、この先の展開を期待しないわけがないではないか。だが、冒頭で一気に高められた期待値は次第に左前になり、ウルトラマンスーツver7.0の登場を境にして途絶える。

 

これは最初から期待値を上げすぎたんじゃないか。

 

まぁ、ウルトラマンスーツver7.0:通称セブンがカッコいいから、何だかんだとブツブツ言いながらも最後まで見てしまいましたよ。セブンの頭頂部、プレスリー頭のトサカもカッコいいし、背中のラインに沿って伸びる突起物もカッコいい。それから、反則的なカッコよさを放つ「日本刀」————持ってるだけで、そのシルエットすら美しい。

 

迷走しまくりなストーリー

ネトフリ アニメ ULTRAMAN

ULTRAMAN 公式サイトより

本作の弱点は脚本である。『ULTRAMAN』は全世界に配信されているが、海外の評価は言わずもがな、賛辞が多い映像面に対してストーリー面は酷評されている。

 

まぁ、日本の深夜アニメ的なノリ——くどい台詞回し、大仰な演出、青臭い主人公——に不慣れな海外勢にとっては、ストーリー以前の段階で躓いているのかもしれないけれど。

 

海外の視聴者いわく「台詞回しが芝居がかっていて違和感を感じる」
いわく、「主人公の行動心理が理解できない」
いわく、「北斗星司はどうしてあんなに鬱陶しいのか」

 

しごくもっともな意見である。

 

中でも北斗星司の言動には、一挙手一投足イライラしっぱなしだった。キメのシーンで多少大げさな台詞回しになるのは分かるけど、何の変哲もない日常パートをあのテンションでいくのは少々無理がある。実写的でリアル志向の町並みの中で演じるには、あまりにも非現実的というか、ミスマッチというか……

 

そう、たとえるなら、押井監督が実写版『THE NEXT GENERATION パトレイバー』で現実世界にアニメ版『パトレイバー』のギャグ要素を持ち込んだときのような、そんな空回り感を感じるのだ。

 

同様にして諸星弾の言動も、初登場時点から最終話まで変化することなく進次郎を目の敵にし続ける。挙句の果てに「殺す!」とか、よく分からんギャグシーンまで演じる始末。

 

いったい、どこへ向かっとるんだ、この脚本は。

 

そもそもが、ベムラーの出現からストーリーの全てが始まっているのに、最終話に登場するヴィランが突然どこからともなく降って湧いてきた「エースキラー」なる人物ってどうなんだ。ベムラーが出現し、それによって進次郎がウルトラマンスーツを着ることになる。ここまではいい。だが、その後の進次郎の行動も目的が二転三転し過ぎなのだ。

 

物語の主人公には1つの大きな目的がなければならない。その目的を達成するために主人公は、他のキャラクターとは一線を画する意志力でもって奮闘する。そのプロセスを見せるのがストーリーであって、次から次へと降りかかる事件に対応する受動的な姿勢はストーリーとは呼べない。

 

それから、「星団評議会」なるよく分からん組織も、ストーリーの本筋に絡んできたと思ったら全く姿が見えないじゃないか。シマウマ柄のスクルーダ星人も、「最高のショウを始めましょう」なんて呑気にギャグを言ってる場合じゃないからな。

 

原作の漫画を読んでないので、何とも言い難いのだけれど、一体この話はどこへ向かっているんだ。

 

自称ウルトラマン大好きアイドル、佐山レナもいまいちストーリーと噛み合っていないというか、なんというか……


ヒーローもののストーリーなら、「ヒーローの正体を知っている観客」と「ヒーローを探していながら、身近にいるヒーローに気がついていない登場人物」の間で起こるシニカルなギャップを使って、葛藤を生じさせるのが常套手段である。

 

『ダークナイト』ではレイチェル・ドーズ、『スパイダーマン』ならMJ、『スーパーマン』ならロイス・レイン————ヒーロー達の傍には常にヒロインがいる。このヒロインが悪の手に落ちたり、ヒーローの正体を知りそうになったりするから、ストーリーに絶妙な葛藤が生じて観客は画面に釘付けになる。

 

「意中の恋人と街を救う希望の騎士」を天秤にかけさせて、しかもヒロインを捨てさせるという予想の斜め上を行く展開をとった『ダークナイト』は、この究極の2択によって最大級の葛藤を生じさせたからこそ名作なのだ。

 

ともすれば、『ULTRAMAN』における佐山レナも、同様の役割を果たすのかと想いきや……

 

「え、途中退場ですか。しかも、今どき階段ごしに電話するなんてベタなシーンやっちゃうの?」

 

本編では、佐山レナの母親がウルトラマンの下敷きになって殺されているという設定になっており、ストーリー序盤ではウルトラマンへの憤りを感じているという状況設定になっている。「正義が行われる陰では、その犠牲になっている人もいる」と、ここになって突然持ち込まれた社会的なテーマには驚いたけれど、このテーマとて追求されることなく有耶無耶のうちに処理されてしまっている。

 

どうせ佐山レナを使って何らかの葛藤を演出するのなら、シンプルに「ウルトラマンに憧れている」くらいの方が使い勝手が良かったのではないか。

 

  • ウルトラマンに憧れている →
  • 「ウルトラマンに会いたいです」とかメディアで言っちゃう →
  • ライブ会場にウルトラマン出現 →
  • さらに強まるウルトラマンへの憧憬 →
  • 気になって光の国記念館へ →
  • 進次郎と出会う →
  • 次第に惹かれていく2人 →
  • 佐山レナの目の前で変身せざるを得ない状況 →
  • 正体がバレる

 

こっちの方がシンプルで、正体がバレた瞬間のカタルシスが大きいと思う。よしんばウルトラマンを憎んでいるという設定でいくとしても、中盤のカフェのシーンで「正義についての議論」をさせるなりして、お互いの胸の内をさらけ出すべきだ。

 

「誰かを犠牲にしてまで行う正義に意味なんてあるのか」と問う佐山レナと、「それでも正義の無謬性を信じている」と主張する進次郎。お互いの意見が不一致をみたところで、正体をバラせば進次郎の主張の方が正しかったことが証明されて、佐山レナの考えも変化するだろう。

 

本作最大の葛藤の種を、女性慣れしていないガキっぽさで適当に処理してしまうのは勿体無さすぎる。というか、佐山レナとの対話で「ウルトラマンの正義」を議論せずして、どこでテーマを敷衍させるというのか。

 

本来なら諸星弾、ハヤタ・シン、佐山レナ、北斗星司の主要人物に、それぞれ正義についてのテーマを語らせる、ないしはそれを体現した行動を取らせるのが最上の手段だが、出だしの時点ですべてを誤った以上、せめて佐山レナだけでもテーマに言及させるべきだったと思う。

 

まぁ、「そんなこと言うのならお前がやってみろ」と言われるかもしれないけれど、胸の内にくすぶるフラストレーションが抑えきれないのだから言わせてもらう。

 

それから、「ウルトラマンの下敷きになって母親が死んだ」という佐山レナの設定も、彼女の年齢設定が18歳であることと矛盾している。ウルトラマンが光の国へ帰ったのは、40年も前のことだ。このあたりも、後々回収される伏線なのかもしれないけれど、風呂敷を広げすぎて回収されていない要素が多すぎるので何とも言い難い。

 

っていうか、端から2ndシーズンありきのストーリー設計ってどうなんだろうか。せめて目的の1つくらいは1stシーズンで達成しないと、折角13話も見た甲斐が無いじゃないか。

 

神山健治 × 荒牧伸志 の次回作に期待

 

1話あたり25分程度の地上波アニメで、圧倒的な密度のストーリーを語った神山健治 監督。アニメと実写の中間点、両者のいいとこ取りをした革新的な映像でファンを魅了する荒牧伸志 監督。

 

この最強タッグが組んだとなると、期待せずにはいられないではないか。

 

『ULTRAMAN』はイマイチだったけれど、まだ『攻殻機動隊』と『ブレードランナー』というビッグタイトルが残っている。ネットフリックスの潤沢な予算を使って製作されるであろう、両作品の公開が待ち遠しいばかりだ。

 

おすすめ度 

 

作品情報

監督:神山健治 『攻殻機動隊』

荒牧伸志 『アップルシード』

 

脚本:檜垣亮 『精霊の守り人』

土城温美『エンシェンと魔法のタブレット もうひとつのひるね姫』

砂山蔵澄『ガンスリンガー・ガール』

 

キャラクターデザイン: 山田正樹『サムライチャンプルー』

音楽: 戸田信子 『一週間フレンズ。』

陣内一真 『Haloシリーズ』(Xbox)

 

制作:Production I.G

SOLA DIGITAL ARTS

製作:ULTRAMAN製作委員会 ( 円谷プロダクション、フィールズ、Gホールディングス、バンダイナムコアーツ、電通 )

 

 

Imdbスコア:7.1………*1

Rotten Tomatoスコア:84………*2

公式サイト:『ULTRAMAN アニメ』公式サイト

月刊ヒーローズ『ULTRAMAN』公式サイト

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