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ブラックミラー:バンダースナッチは新しいストーリーテリングの手法を開拓した

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Spoiler Warning——ネタバレを含みます

 

プレイヤーに選択肢を与え、選んだ選択肢によってストーリーが分岐する。プレイヤーはいくつものエンディングを楽しめる。ノベルゲームをプレイした経験のある人にとっては馴染みのあるシステムだろう。

ブラックミラー:バンダースナッチ』でネットフリックスが試みたのは、視聴者の選択によってインタラクティブに展開される新たなストーリーテリングの方法だった。

 

視聴を開始すると、見慣れたロード中のエフェクトに続いて選択システムの説明が行われる。視聴者は自らの意志によって、物語を見ることを選択させられる。これは、本作『バンダースナッチ』が従来の形式とは異なるストーリーテリングを開始するという宣言に他ならない。

 

(これは作中でも言及されている点だ。視聴者である我々は自らの意志で選択したと思っているが、実際は製作者の意図に則って半ば誘導されるように選択肢を選んでいる。ストーリーが前進できない誤った選択肢を選ぶと、前の選択肢まで遡って正しい選択肢を選ぶよう強いられる。

 

Frankie Goes To Hollywoodの名曲『リラックス』が流れ、テロップは1980年台を示している——見始めた時は、どうしてこの年代に設定したのか不思議だったが、エンディングにたどり着いた際には納得できた。本作には複数のエンディングが存在するが、その中でも正規ルートのエンディングでは、時計の針が現代まで進められる。そこで、作中のゲーム『バンダースナッチ』をリメイクしたゲームを作ろうと試みる、コリンの娘が登場する。つまり、『ブラックミラー:バンダースナッチ』という作品自体が、コリンの娘によるものであるというメタの中のメタ——クリストファー・ノーランや押井守が好みそうな構造だ——になっているというオチだ。

 

ブラックミラー バンダースナッチ

そもそも、バンダースナッチというゲームの元になっている小説自体が、選択肢によって読者がストーリーを変えられるという構造を持っており、これを元にしたゲームをステファンが開発している。更にそのゲームを元にて動画配信サービス用にリメイクしているのがコリンの娘。そして、その全てを俯瞰しているのが視聴者である我々という、数学の図形でも眺めているような気分になる幾何学的な構造。

 

エッシャーが描く幾何学的な世界と似た構造を持ったナラティブ・デザイン。最後に明かされるこのひねりこそ、ブラックミラーの得意とするものだ。

 

新たなストーリーテリングの手法

 

選択肢を選ぶことでストーリーが変化し、インタラクティブに展開する。これは従来のノベルゲームと同じシステムであり、これらのゲームに慣れ親しんだ方々ならば目新しさは感じないはずだ。本作をメタ構造を備えた非凡な作品たらしめているのは、ストーリー中盤で主人公ステファンが、視聴者の存在を察知することだ。

 

これまでも、『ハウス・オブ・カード』でケヴィン・スペイシーが視聴者に向かって思いの丈をぶちまける仕掛けが施されてきたが、本作ではより新しい手段によって第4の壁を崩すことに成功している。

 

中盤ごろから、ステファンは自分の意志ではない何者かの意志によって動かされていると感じ始める。遂には、視聴者の選択肢に抗うかのような行動を取り始めるのだ。オープニングからの流れに従えば、視聴者の選んだ選択肢にステファンは従うものだと我々は思い込む。それを裏切るような行動を取り始めるから、そこにギャップが生じる。このギャップが、作中世界と現実世界の境目(スクリーン)を容赦なく切り裂く——ハリーポッターと賢者の石で、ハリーが動物園の鏡を消したように。

 

ストーリー中盤から主人公が視聴者の選択に従わないという展開には、心底驚かされた——ある種の混乱すら覚えた。画面の内側が現実世界を侵食していくような、そんな感覚を味わった。そして、極めつけにステファンはこんなセリフを吐く。選択しているのはお前ではなく、そう選ぶように俺が仕向けているのだと。これは、視聴者への挑戦とも受け取れるのではないか。

 

ストーリーについて

 

このストーリーの背骨は、ステファンが期限までにバンダースナッチを完成させ、TV番組で高評価を獲得することだ。そこへ、父子関係というプライベートな葛藤が混じってくる。選択肢を選ぶのに夢中で、すっかり忘れそうになるが、本作のストーリーにはいくつかの裂け目がある。

 

父子関係は、父を殺すことで修復の兆しは途絶え、金髪メガネの変人コリンが消えた理由は謎のままだ。コリンについては、誤った選択をして同じ場面を繰り返しても、ステファンと同様に過去のルートでの記憶を保持していることを匂わせる描写がある。


(誤った選択をした際に繰り返される場面では、同じようだが何かが微かに異なっている。『ビューティフルドリーマー』で同じ場面を繰り返している時に感じる違和感と似たものがある。『Life is strange』というゲームも、これと同じ構造を持ったストーリーだった。)


選択”について、色々と哲学問答をするのもコリンだし、何よりも誤ったルートに落ちる時は必ずコリンが関係してくる。バンダースナッチの作者のドキュメンタリーをステファンに渡したのもコリンだ。このドキュメンタリーでは、複数の現実が同時進行していて、選択の数だけ現実があると説く。つまり、選択に意味は無く、運命は既に決まっているため、それを受け入れるしかないのだと。どこかの終末論者の主張のようだが、これはステファン達——作中のキャラクターに向けたものだろう。

 

ブラックミラー バンダースナッチ コリン

 

コリンという人物は、序盤から中盤にかけてはステファンのメンター的な役割を担うが、終盤には突如として姿を消す。手巻きタバコをジッポーで点火したり、レディー・ガガ顔負けの奇抜な容姿の嫁を持ったかなりの変人。これだけ濃いキャラであるにもかかわらず、ストーリーのラストに絡んでこなかったのは残念でならない。

 

作品の周辺について

カウンセラーのお姉さんの皺まで容赦なく映す4K解像度で配信された本作。フィルムルックのザラザラ感、抑えた色調、広角レンズを多用したショット。映像面は、安心のネットフリックス・クオリティーだ。中でも特徴的だったのは、変化するフレームサイズだ。特定のシーンでは画面いっぱいに広がる16:9になり、回想シーンではドラン映画のような4:3のスタンダードサイズ、それ以外のシーンでは上下に黒帯を入れたビスタサイズとなっている。選択肢によってストーリーが変化していく様が視覚的にも感じられた。

 

コリンが開発した『メタルヘッド』というゲームのパッケージには、『ブラックミラー』の過去エピソードへのオマージュが見られる。(メタルヘッドは英語スラングでヘヴィメタル好きを意味する言葉でもある。)

「落ちたな」
「何にさ?」
「思考の闇に」

コリンが言うところの”思考の闇”とは、創作上での行き詰まり——ライターズ・ブロックのようなもの——を指した言葉だ。どこか神秘的な響きもある素敵な表現だ。何らかのクリエイティブな作業を経験した方は共感できるだろう。音楽をガンガンに鳴らしてゾーン状態に入り、脇目も振らずに作業に没頭できたと愉悦に浸った次の日には、解決策も見つからないまま絶望の谷底に突き落とされる。そこから這い上がろうとするも、手足をかける足場すらなく、救出のロープが投げ入れられる気配は微塵もない。あの混沌とした深い谷底を、思考の闇と形容するとは。ハッパきめてるのは伊達じゃなかった。

必要なのはチームじゃない。一人の狂気だ。

凡人に、こんな言葉は出てこない。レディー・ガガ風の嫁を持つコリン兄貴ならではの言葉だ。

 

概観として

 

選択肢によって変動するストーリー、ひねりをきかせた構造、作中キャラクターとのコミュニケーション。ブラックミラーのブランドに相応しい完成度だった。

(一縷の希望を抱いてハッピーエンドを模索してみたけれど、どれもバッドエンドだった。途中、幾度となく同じ場面で同じ選択を繰り返す単純作業と化し、心が折れそうにはなった……)

 

これはもはや動画コンテンツというより、ゲームコンテンツなのでないか。得られるカタルシスは通常の映画よりは劣るが、コンテンツの消費場面が多様化した昨今、これが新しいコンテンツの姿なのかもしれない。電車の中で帰宅途中に、カフェでの待ち時間の合間に、風呂上がりにソファに寝転がって等、あまり肩肘張らずに楽しめるコンテンツの形であることは間違いない。

 

シネフィルを公言している稀代のゲームクリエイター小島秀夫氏が本作をどう評するか、気になるところだ。

 

おすすめ度 

 

作品情報

監督:デヴィッド・スレイド(『ハンニバル』)

脚本:チャーリー・ブルッカー

撮影監督:アーロン・モートン(『オーファン・ブラック』)

 

音楽:ブライアン・レイチェル(『ロスト・イン・トランスレーション』)

配給会社:ネットフリックス

上映時間:90分

 

Imdbスコア:7.4………*1

Rotten Tomatoスコア:71………*2

www.netflix.com

*1:2019/02/06時点

*2:2019/02/06時点