Hush-Hush: Magazine

映画の批評・感想を綴る大衆紙

ネットフリックスのバード・ボックスを見て思うこと

ネットフリックス 映画 『バード・ボックス』



 

Spoiler Warning——ネタバレを含みます

 

鳴り物入りで宣伝していたネットフリックスのオリジナル映画『バード・ボックス』が先月公開された。色調を抑えた画面設計、オスカー女優サンドラ・ブロックを起用したキャスティング、姿なき恐怖から逃げる(立ち向かう)という『ジョーズ』と同じストーリータイプ。トレーラーを見た限り、間違いなく傑作の予感しかなかった。だが、私の期待値が高すぎたのか、見終わった感想は「で、どうなったの?」という、IMDbの評価スコア6以下の映画を見終わった時に出る感想と同じものだった。

(2019/01/07時点では、Bird BoxのIMDbスコアは6以上)

www.imdb.com

 

エンターテイメントとしては良作

 

『バード・ボックス』は、エンターテイメントとしては十分に楽しめる。観客の緊張感を巧みに操り、緩急をつけ、映画のファイナル・イメージに至るまでストーリーのテンションを保つ手腕をエンターテイメントと言うならば。ヒッチコックやノーラン、スピルバーグなどの偉大なストーリーテラー達は、この手腕が人並み外れて抜きん出ている。

 

『バード・ボックス』はエンターテイメントとしては面白い。だが、もどかしい不満が残る——カタルシスが得られず、浄化しきれなかったしこりのような不満が。この不満の正体を私なりに探ってみた。

 

姿なきモノに追われる恐怖というストーリーの型が持つ力強さは、『ジョーズ』でスピルバーグが鮮やかに証明してみせた。主人公は無事に逃げ切れることかできるのか?——この1点の疑問を軸にしてストーリーは展開される。ジョーズでは、ここに父と子の葛藤というエモーショナルな要素が加わったから、大人から子供までが楽しめるファミリームービーになった。スピルバーグ信者を公言しているJJエイブラムスは、主人公マーティンの息子が、深刻そうな面持ちで考え事にふける父のマネをして、それを見た父が穏やかに微笑むシーンがジョーズの白眉だと言っている。

 

映画で最も重要なシーンは、設定や世界観を観客にさりげなく示しながら映画の世界へと誘うオープニングシーンと、広げた風呂敷をたたむエンディングにある。その点から言えば、『バード・ボックス』のオープニングは美しかった。川の水面を舐めるような移動ショット。静謐な森の中に浮かび上がるタイトルバック。だが、そんな高揚はラストシーンで儚くも打ち砕かれる。無事に逃げ切ったマロリー。生存者たちが集う楽園的なコミュニティーの正体は、盲学校だったというオチ。無事に逃げ切れたマロリー親子。最優先課題であったサバイバルが成された今、子供たちには名前が与えられ、ようやく普通の生活に戻る一歩を踏み出せた。めでたし、めでたし。

 

 

いや、ちょっと待て。ジョセフ・キャンベルのヒーローズジャーニーによれば、様々な困難を乗り越えた主人公は、結果的に穏やかな日常を取り戻すと相成る。この親子の場合はどうか?確かに生き残れたが、今後の暮らしはどうなる?結局、人を襲って狂わせる”謎の敵”から逃げるために、屋内に閉じこもって生活するしかない。つまり、命を狙われる危険性が減退しただけで、根本的な状況は何も変わっていない。エピローグの部分が欠如している。だから、見終わった後に「で、どうなったの?」というお決まりのフレーズが口をついて出てくるのだ。

 

Hero's Journey

Source : http://wiki.phalkefactory.net/index.php?title=Hero%E2%80%99s_Journey

 

もし……だったなら

 

不満点をここで列記したところで、高みの椅子に腰掛けて言葉を弄ぶ三流評論家のそしりを受けるだけだ。どこかのネット記事に書いてあった言葉——

上手い評論家になるな、ヘタな創作者たれ。

 

どこかの誰かが言ったこの警句に従って、読者諸兄と共にImdbスコア6.8*1の『バード・ボックス』のストーリーを立て直してみようと思う。

 

 

世界観とリアリティー

北欧神話のラグナロクよろしく、ある日突然”謎の敵”がやって来て人類を滅ぼす。冒頭のセットアップシークエンスでは、アメリカには未だ上陸していないが、ヨーロッパでは既に”謎の敵”が猛威をふるっている様子をTVニュースが報じている。

 

本作のような設定に縛りがある世界観では、カメラをグローバルにズームアウトした瞬間、現実感(リアリティー)が損なわれてしまう。例えば、ETの世界観でカメラを突然世界に向けて、TV番組にETの存在を登場させればどうなるか?地球外生命体へ大挙して押し寄せるマスコミや、野次馬に大切なシーンをかっさらわれて、少年とETの友情という、このストーリーの背骨は文字通り骨抜きにされる。

 

したがって、本作では敢えてカメラを世界視点までズームアウトせずに、あくまでも主人公マロリーの一人称に留めてみよう。

 

次に気になるのは、”謎の敵”のステータスだ。正体は伏せたままでもいいと思う。その方が観客の恐怖心が増すからだ——作中では”謎の敵”が生物なのか、知性があるのか、などの情報を一切提示していない。問題は、どういうギミックで人の心に取り入るのか?直接、間接を問わず、見た者は発狂して自害する。”謎の敵”を見てから発狂するまでの時間は、作中時間でおよそ3秒程度。発狂した人は瞳の色が変色し、グロテスクだが美しい輝きを放つ。

 

”やつら”に対抗する手段は無いのか?

映像では、風が吹き落ち葉が舞うことによって”謎の敵”の存在が示される。光を反射させる光学迷彩のような原理なのかもしれないが詳細は不明だ。マロリーたちが、”謎の敵”に立ち向かう唯一のシーンは、車で近所のスーパーマーケットへ食料を調達しに行くところだ。車の接近感知レーダーに”謎の敵”が反応する。レーダーの描写によって間接的に、車が”敵”に囲まれたことが示され、車体は大きく揺れる。つまり、物理的な干渉が可能ということだ。

 

では、ここで家に集ったキャラクター達にひねりを加えてみてはどうだろう?各キャラクターを何らかのエキスパートにし、専門分野を持たせる。個々の専門分野を持ち寄って、力をあわせて”謎の敵”に立ち向う。ネットフリックスで配信中のオリジナルTVシリーズ『センス8』はこの手法を取っていた。

 

(センス8は、私にTVシリーズならではのストーリーテリングを開眼してくれた傑作だ。時間のある方はぜひ一度ご覧あれ。時間の無い方も、Porn Hubを見る時間を削ってでもいいから時間を捻出して見て欲しい。『センス8』の魅力については、後日詳しく語りたいと思う。)

 

具体的には、エンジニア、医療従事者、牧師、軍人、専業主婦、地質学者などなど。


接近感知レーダーに反応することが分かったなら、エンジニアが技術で”謎の敵”に立ち向かおうとする。”敵”を検知できる仕組みを開発し、それを軍人に着用させる。ツーマンセルで組ませれば、万が一片方が”敵”の姿を見てしまっても3秒以内に目を背けさせることができる。

 

地質学者が、”謎の敵”が通過した箇所の土をサンプリングして分析する。専業主婦は、チームが屋外活動をしている間に家事をする。帰ってきたら、美味しい晩ごはんが待っている。温かい食卓を囲んで、観客の緊張をほぐすシーンもつくれるだろう。オカルト好きのウォルマート店員は、神話や聖書の終末論から、”謎の敵”の正体を探ろうとする。ラグナロクであれば、ヴァルキリアが”謎の敵”に該当し、死者と生者をふるいにかけているのではないか、といった具合に。

 

これらチームを引っ張る牽引役を引き受けるのが主人公のマロリーだ。作中を俯瞰しても圧倒的な強さをもつ彼女以外に適役はいないだろう。チームメイト内で争いが引き起こされたなら、牧師の登場だ。道徳的意匠に富んだありがたいお説教を披露して、チームメイトの心を静めてくれるはずだ。

 

”謎の敵”を感知できる仕組みが手に入ったなら、マロリー達の行動範囲を広げて隣の街まで探索させるのもいいかもしれない。他の生存者を探し出し、仲間に引き入れる。運が良ければ、マロリー達がまだ持っていない、”謎の敵”に対する特効薬的なアイテムが手に入るかもしれない。

 

ネットフリックス 映画 『バード・ボックス』

© 2018 Netflix

 

ジョン・マルコヴィッチという怪優を起用しながら、ダグラスという男はストーリーに於いてこれ以上ないくらいに邪魔でしかない。即刻排除しよう。いや、せっかく猟銃を持っているのだから、ハンターはどうだろうか?こうすれば、フィジカル的に”謎の敵”と対抗できるキャラクターが、軍人に加えてもうひとり増える。

 

次に主人公の設計だ。本作の主人公であるマロリーという女性は、初めから強すぎる。冒頭のセットアップシークエンスでは、部屋にこもりがちで、ひたすら絵に没頭している様子が示される。夫は不在で子供を身籠っている。夫についての言及はなく、離婚したのか、他界したのかは不明だ。

 

妹が発狂してからほうほうの体で家に逃げ込んだ後、恰幅のいい妊婦オリンピアが登場した時点ではサラ・コナーよろしくショットガンを毅然と構える。その間に、PCのモニター越しに”未知の敵”を見てしまったグレッグが命を落とすシーンがあるが、変化を遂げるには時間が短すぎる。感情の軌道があまりにも無さすぎるのだ。

 

ストーリーの基本は葛藤だと、ストーリーを書いて身を立てている人々は口をそろえて言っている。彼女に必要なのは葛藤だ。では、ストーリー開始時点で、もっと彼女を弱い人間に設計してみてはどうだろう?家に引きこもり、友人とも連絡を絶ち、郊外に暮らしながら出家僧のような生活を送っている。夫に先を逝かれたトラウマから立ち直ないまま出産を間近に控えている。これから生まれてくる子供の顔を直視できる勇気がない。まだ母親になるには青すぎる一人の女性。孤独を愛する性格が、アーティストとしては良い方向に働くが、他人と協力して何かに取り組む際には足枷となる。

 

”未知の敵”との対決を通して、彼女は他人と協力する術を学び、新たな男とのロマンスも生まれて過去のトラウマからも開放される。”敵”に対抗する手段を手に入れたチームは、初めて”敵”を倒すことに成功する。形成は逆転されたかに見え、チーム内に笑顔が取り戻された。そして、出産して新たな生命を腕に抱いた瞬間、憂愁の世界に一条の光が射す。だが、喜びもつかの間、”敵”は単体ではなく集団でマロリー達を襲ってくる。そして、最終決戦——彼女たちは”敵”を倒すことができるのか?こうすれば、マロリーの人物像にも奥行きが出るし、最後のオチも明瞭化されるのではないだろうか。

 

エンディング

協力してようやく”未知の敵”を倒したマロリー達。おそらく、サブキャラクターの数人は犠牲を免れなかっただろう。ここでマロリーと恋人関係にあった男を殺してしまうのもいい。マロリーは再び、過去のトラウマと同じ状況に陥るわけだ。そして、再び己の中の敵と向き合い、何とかそれを克服する。再びチームは力をあわせて”敵”を倒す。その後はどうする?…………<A>

 

例えば、こういうフィナーレはどうだろうか。
完全に倒したと思っていた”未知の敵”が、実はまだまだ残っていて、とてもチームメイトだけでは倒しきれないと判断したマロリー達。ここで時間は跳躍し、一気に数十年を経る。(たった1カットで時間をいくらでも移動できるのが映画ならではのストリーテリングだ。

 

一時的に撤退したマロリー達は、生存者たちのコミュニティーを形成して、かりそめの楽園で生活している。マロリーの娘——ガール——が成人し、彼女の役割を引き継いでいる。辺り一面に広がる夕映えに染まった住宅街。そこから更にカメラを引いていくと、ある壁を境界に荒涼とした大地が広がっている。ガールが無線を手に語りかける。「今度こそ、あいつらを駆逐するわよ」と……

 

…………Opps、これだと進撃の巨人と同じじゃないか。

 

もう少しドラマティックなフィナーレを考えてみよう。だが、その前にナラティブ・デザインをもう一度設計し直すところから始めよう。

 

ナラティブ・デザイン

ここで言うナラティブ・デザインとは、ストーリー全体を俯瞰した時に見えてくる語り口の構造と定義する。

 

c.f:『タイタニック』では、老女の語り(現在)から始まり、作品の大半は老女の回想によって語られる。そして最後のシークエンスでは、再び現在に戻り、冒頭の謎——碧洋のハートはどうなったのか?に対する答えが明らかにされる。

 

『バード・ボックス』のナラティブ・デザインは、フラッシュフォワードを使用している現在と回想が入り混じり、第2幕で回想の時間軸が現在に追いつく。そして第三幕、親子は無事に逃げ切れるのか——現在時間——に絞って描かれる。

 

オリジナル版は、フラッシュフォワードによって情報を制限しつつ、伏線を張ることに成功している。オリンピアの娘のキーホルダーや、トムの死などだ。先ほど考えたストーリーの大筋を採用するならば、ナラティブ・デザインも見直さなくてはならない。さて、どうすればいいか?

 

メビウスの輪のように、ストーリーには一巡して元の位置に戻ってくるようなナラティブ・デザインがある。『パルプ・フィクション』や、ドゥニ・ヴィルヌーヴの『メッセージ』などがその例だ。これを使って何かドラマティックな構造が作れないだろうか?

 

冒頭のオープニングショットで、男の子が鳥かごに入った鳥をしげしげと見つめている。男の子は鳥かごに指先を入れて、鳥に触れる。しばらく触られるがままにしていた鳥が、男の子の指を噛む。小さな傷口からうっすらと血が流れる。タイトルが浮かび上がる。そして、<A>の後から繋いで、エピローグへ。”未知の敵”を倒すことに成功したマロリー。ここで冒頭のショットに戻る。慌ただしく部屋を駆け回るマロリー。「ボーイ急いで!新学期早々、ママのせいで遅刻したくないでしょ!」再び、男の子と鳥かごのショット。鳥かごを後に残して、男の子はフレームアウトする。フレーム外でドアの閉まる音。間接的に、世界は秩序を取り戻したと示す。

 

こうすれば、ストーリーのオチもつくし、マロリーの人間味も増すストーリーになったのではないだろうか。

 

シンボル

本作では、鳥がシンボルとして登場する。また、”敵”の存在を示す検知器の役割も担っている。鳥かごに囚われた鳥と、マロリーの状況を重ねているともとれるし、ラストシーンの盲学校が安全と引き換えに自由を奪われた鳥かごを暗示しているともとれる。

 

原作の相違点

プロットの大まかな筋は同じだが、ラストの盲学校に逃げた人々が自ら目を潰したという衝撃の事実がある。原作の小説は、よりダークでホラー要素の強い作品に仕上がっているようだ。詳細は、こちらのWebサイトをご一読あれ。

 

小説では、地の文や描写によってキャラクターの感情の軌道を追うことができるが、映画はヴィジュアルで語る媒体だ。『バード・ボックス』は小説の完成度が高いからといって、映画の完成度は必ずしもそれに比例しないというサンプルだ。

 

リリースされた作品を勝手にこねくり回して来たが、ネットフリックスには素晴らしいコンテンツが溢れている。先述の『センス8』しかり、昨年突然打ち切られた『デアデビル』、ケヴィン・スペイシーのセクハラ問題で立つ鳥跡を濁しまくりの『ハウス・オブ・カード』、圧倒的バジェットでノブレス・オブリージュを描いた『ザ・クラウン』など、書き連ねれば枚挙にいとまがない。

 

今年から開始されるディズニーのストリーミングサービスを見据えての戦略か、近頃のネットフリックスはオリジナルコンテンツの製作に巨額の予算を投じてきた。今年には、我らが巨匠”マーティン・スコセッシ”によるギャング映画のリリースも控えている。

 

Appleもストリーミングサービスに乗り気だし、Youtubeもひっそりとオリジナルコンテンツを製作している。ストリーミング戦国時代の幕開けは、もうすぐそこまで来ている。だが、狼狽する必要はない。ネットフリックスには映像作品に対する独自のヴィジョンがある。(散々、書いておいて説得力に欠けるが……)

 

正直なところ、これだけ多くのTVシリーズを並行して製作しながらも映像面、ストーリー面において常に一定以上のクオリティを維持しているというのは、驚異的な業だと思う。かのピクサーが10年かかって築き上げたコンテンツの量産体制を、ネットフリックスはわずか数年で整えた。月額料金を値上げした時は、ユーザーから不満の声が出たけれど、むしろ今まで値上げせずにこれた方が奇跡だ。

 

日本でのサービス開始直後から、ずっとプレミアム会員だが今まで一度して解約しようと思ったことは無かった。たとえ他のストリーミングサービスが台頭してきたとしても、私はネットフリックスのクリエイティビティに賭け続けようと思う。

 

おすすめ度 
作品情報

原題:Bird Box

原作:ジョシュ・マラーマン

監督:スサンネ・ビア(『ナイト・マネジャー』)

 

脚本:エリック・ハイセラー(『メッセージ』)

撮影監督:サルヴァトーレ・トティーノ(『ダ・ヴィンチ・コード』『スパイダーマン:ホームカミング』)

 

音楽:トレント・レズナー / アッティカス・ロス(『ゴーン・ガール』)

配給会社:ネットフリックス

上映時間:124分

 

制作費:19億8千円………*2

Imdbスコア:6.7………*3

Rotten Tomatoスコア:62………*4

www.netflix.com

*1:2019/01/07現在

*2:http://film.ca.gov/wp-content/uploads/CFC-Approved-Projects-List.pdf

*3:2019/02/06時点

*4:2019/02/06時点