Hush-Hush: Magazine

映画と本とヘヴィメタルが主な話題の大衆紙

ビール・ストリートの恋人たち:最高にロマンチックな愛の映画

ビール・ストリートの恋人たち

 

 

 

 

ムーンライト』でオスカーを受賞したバリー・ジェンキンス監督。批評家が褒めそやしていた『ムーンライト』は、白状するとイマイチ私の琴線に触れなかった。そんな経緯があったので過度な期待は抱いていなかったのだけれど、『ビール・ストリートの恋人たち』は『ムーンライト』よりも断然楽しめた。映画自体を楽しめたのはもちろん、この作品が持つ温かい雰囲気の虜になってしまった。今作は、同性愛者の抱く孤独感を丁寧にすくいとった『ムーンライト』とは全く作風が違う。映像面でも、青いトーンを基調としていた『ムーンライト』に対して、『ビール・ストリートの恋人たち』のヴィジュアルは彩りに富んでいる。そして何よりも、私の心を揺り動かしたのは、本作で描かれる溢れんばかりの「愛」だった。『ビール・ストリートの恋人たち』は愛についての映画だ。

 

Spoiler Warning——ネタバレを含みます

 

温かくて繊細な極上のロマンス

『ビール・ストリートの恋人たち』は主人公ティッシュの視点を通して、「愛」を丁寧に描き出す。私がこの作品を好きになった瞬間は、序盤で起こる「家族会議」のシーンだった。妊娠したことを父と姉に打ち明け、一家は祝福ムードに包まれる。その勢いでファニーの家族にも報告しようと提案する母。このシーンでティッシュの父親が見せる人懐っこい笑顔は、家族を思いやる温かみに溢れている。恋人が投獄された状況で迎えた初めての妊娠————不安でいっぱいのティッシュを励ます姉も、厚い情の持ち主だ。

 

そんな祝福ムードの中、ファニーの家族がやってくる。ファニーの父親はティッシュの父と同様に、どこか人好きのするフランクなオヤジなのだが、母親は小姑のごとくティッシュをなじる。挙句の果てには、敬虔な信仰心をかさにきて生まれてくる子どもを呪ってやると言う始末。ファニーと2人きりの時は物静かで控えめなティッシュも、さすがにこの暴言には怒りを顕にする。堪忍袋の緒が切れたファニーの父は、嫁の頬を思いっきりビンタする。ファニーの母は心臓が弱いらしいのだが、そんなこともお構いなしに床へ張り倒すのだ。あまりにも理不尽な母の振る舞いにフラストレーションが溜まっていた私は、「いいぞ、もっとやれ!」と内心で拍手喝采だった。

 

暮らしは安定せず、社会からは疎まれ、愛する息子は無実の罪で投獄されている。理屈では説明のつかない不条理な現実を受け入れるには、神にすがるしかなかったのだろう。ファニーの母親の気持ちも分かる。でも、自分の拠り所を他人にまで押し付けるのは単なる利己主義だ。

 

そんな自己中心的な母の暴挙から家族がティッシュを守るシーンで、私はこの作品が好きになった。ティッシュに詰め寄るファニーの姉妹へ、ありったけの罵詈雑言でやり返す姉。これから生まれてくる自分の孫へ呪いの言葉を浴びせるなんて理解できないと、本気で怒る母。たかぶった感情を持て余すファニーの父をすぐさまなだめるティッシュの父。お互いがおたがいを思いやるティッシュの家族は、温かい愛情で満たされている。なんて美しいシーンだろうか。

 

『ビール・ストリートの恋人たち』には、このほかにも登場人物たちの機微を精緻に描いたシーンがたくさんある。そのどれもが美しくて、心が揺さぶられる。例えば、物件を探しに行った帰り道でファニーがティッシュを自宅へと誘うシーン。それとなくセックスをほのめかしながら、ティッシュを誘うファニー。真意に気が付きながらも、それを受け入れるティッシュ。少ない言葉で交わされる2人のやり取りには、言外の感情が漂っている。発した言葉よりも多くの感情が描かれているのだ。

 

そうして迎える初夜のシーンは、この上なくロマンチックだ。レコードの曲と重なって部屋に響き渡る雨音。アメリカ映画でありがちな荒々しくて激しいベッドシーンではなく、物静かに丁寧に愛情たっぷりに描かれたベッドシーン。自分よりも先に服を脱いだティッシュへ、ファニーが毛布をかけてやる仕草は「愛してる」という台詞以上の愛情を感じさせる。あまりにも生々しいベッドシーンは、スクリーンで見るにはあまりにも現実的すぎて好きじゃないけれど、本作のそれはスクリーンで見るのに堪えうるほど甘美的だ。

 

『ビール・ストリートの恋人たち』の中で最も好きなシーンは、屋根裏部屋(ロフト)が見つかった2人が通りの真ん中で喜ぶ場面だ。ようやく部屋が見つかったという達成感と、これから訪れるであろう2人の生活を想像して湧き上がる高揚感。この2つが爆発して喜びが全身を駆け巡る瞬間を、美しい映像で描き出す。2人の間でちらつく光がなんとも美しい。

 

2人で過ごした回想シーンは、慎ましやかで控えめなティッシュと温情にあふれるファニーとの距離感を見事に表現している。地下鉄に乗っているときも、ダイニングで食事をしているときも、はにかむティッシュをファニーは温かく見守っている。倉庫のような物件を見学に訪れるシーンでは、壁のない殺風景な空間を見て怪訝そうな顔をするティッシュを、すかさずファニーがフォローする。おどけた様子で実際には見えない冷蔵庫を運ぶファニーを見て、ティッシュは相好を崩す。窓から差し込む陽光を背に「ストーブもあるんだけど」と茶目っ気たっぷりに言うティッシュは、ほんとうに幸せそうだ。

 

黒人の社会的な地位

 

公民権運動が盛んだった時代、黒人はまるで人ではないかのような扱いを受けていた。黒人だというだけで、「なんとなく悪い」というレッテルを貼られる。アフリカ系アメリカ人の多くは、ただ歩いているだけで警官に後をつけられた経験があるという。最近だと、アフリカ系アメリカ人に対する警官の態度が槍玉に挙がっていた。『ブラックパンサー』が席巻し、バラク・オバマが大統領に選任される現代ですら、こんな状況なのだ。マーティン・ルーサー・キングJrが存命だった当時の黒人差別は、より悲惨だったはずだ。

 

白人は黒人を忌避する。とくに理由があるわけでもないのに。黒人も白人を憎むようになる。黒人の敵意を感じ取った白人たちは、以前にも増して黒人たちを虐げる。まさに負の連鎖だ。戦争と同じように「やった、やられた、仕返した」のサイクルが繰り返される。そんな状況の中で、ティッシュとファニーに対して公正に接する屋根裏部屋の仲介人が言ったセリフが印象的だった。

 

「生まれた母親が違うだけだ。白も黒も緑も紫も関係ない」

 

『ビール・ストリートの恋人たち』は情感豊かに2人のロマンスを描きながら、黒人への差別も克明に描写している。ティッシュが勤める香水売り場のシーンでは、人種と性別によって黒人への接し方が異なる様子を、香水の嗅ぎ方で示している。白人女性はティッシュの手に鼻を近づけ、白人男性はティッシュの手を強引に鼻孔へと引き寄せる。理解のある黒人男性だけが、自身の手の甲へ香水をスプレーする。黒人に対する見方の違いが、視覚的に説明されている。

 

そんな黒人への偏見を象徴するかのような存在が、ファニーを投獄した悪徳警官だ。このクズ野郎は、社会的に立場の低いファニーが歯向かってこれないことを知っていながら居丈高に振る舞う。自分よりも立場の弱い人を見下して自己肯定感を得る卑小な輩だ。この男のように歪んだ心を持った白人が、当時は大勢いたのだろう。そんな冬の時代を生きた黒人たちが受けた仕打ちを想像すると胸が締め付けられる。劇中で時おり挿入されるモノクロ写真からは、当時の凄惨な様子が見て取れる。

 

あまりにも抑圧された時代の風潮が人を変えてしまう場合もある。中盤で登場するファニーの友人ダニエルもその1人だ。ビールを取りに席を立ったファニーがいない間に、ダニエルが見せる表情にはどこか陰がある。自身が警察に逮捕されたエピソードを語る際には「白人は悪魔だ」と言い切る。理不尽な状況の数々が、ダニエルの心に深い傷を負わせたのだ。

 

ファニーを犯人だと証言した被害者の女性もまた、ダニエルと同じく心に傷を負っている。3人の子どもを授かった後に、夫は行方をくらました。そのうえ強姦されたことで、彼女の心は完全に崩壊した。プエルトリコでティッシュの母親と対峙して発狂した彼女は、精神的に死んでしまっている。おそらく、彼女はファニーが犯人だと確信しているわけではないと思う。でも、犯人だと信じ込まなければ、辱められたことが無かったことになるような気がしてならないのだ。ほんとうに犯人かどうかは重要ではなく、誰でもよかったのだろう。彼女にとって大切だったのは、自分が感じている苦しみを他の誰かに背負わせること。その相手は誰でもよかった。悪徳警官が証言を強要したから、たまたま面通しで見たファニーを選んだだけだ。

 

ロマンスを彩る映像美

 

すべての黒人はビール・ストリートで生まれた」というジェイムズ・ボールドウィンの引用がフェードアウトすると、河畔を歩くティッシュとファニーが登場する。お互いに言葉を発するでもなく、ただ歩く2人の間には仲睦まじいムードが漂う。そんな2人を俯瞰で追いかけるカメラワークを見て、『ムーンライト』でシャロンを追いかける長回しの撮影を思い出した。

 

『ビール・ストリートの恋人たち』を見ていると、ティッシュが着ている色鮮やかな服装に目が移る。薄い黄色のジャケットはシルエットも綺麗だし、花柄のシャツは絵画のように色彩豊かだ。ティッシュの母がプエルトリコの空港に降り立ったシーンでは、エメラルドグリーンのドレスが画面を彩る。『ムーンライト』では青い画面設計が話題を呼んだ。バリー・ジェンキンス監督の色彩に対する鋭い感覚は、重厚なロマンス劇に視覚的な美しさを添えている。

 

個人的に気になった映像がある。ティッシュとファニーが刑務所の面会室で会話するシーンで使われる、静止した画面とナレーションの組み合わせだ。この手法はマーティン・スコセッシ監督の『グッドフェローズ』や『カジノ』で多用されている。「穿った見方をしすぎかな……」と思ったのだけれど、後のダイニングのシーンでも、店主の一人称視点で移動撮影するというスコセッシ感のある映像が使われていた。バリー・ジェンキンス監督はスコセッシ監督の作品が好きなのかしら? オマージュとかそういう話ではなく、彼の尊敬する監督リストの中にスコセッシ監督が入っているのではないか、と思った。尊敬する監督の影響を無意識のうちに受けているのは「映画監督あるある」だから。

 

画面をじっと見つめるショットは、『ムーンライト』に引き続いて今作でも使われている。これはもはや、バリー・ジェンキンスの刻印だと言ってもいいような気がする。何の意味もなく会話シーンで切り返しショットを入れられる度に、不満が募っていく私にとって、このショットはたいへんありがたい。というか、バリー・ジェンキンス監督のこのセンス、私は大好きだ。これからも、じゃんじゃん使って欲しい。

 

劇中でファニーはティッシュに言う————自分はアーティストではない。自分の直感と手にしたがって彫刻を彫るのだ、と。3幕構成を度外視し、ひたすら心情にフォーカスして脚本を書くバリー・ジェンキンスを言い表したような言葉だ。

 

愛、愛だよ、愛!

 

こんな仰々しい文章を書いていながら、私はロマンチックな映画にめっぽう弱い。『タイタニック』は10回以上見てるにも関わらずいまだ涙せずには見れないし、『インターステラー』でクーパーが数十年分のビデオ通話を見るシーンは、何度見ても目頭が熱くなる。近年稀に見るロマンチックな映画『ビール・ストリートの恋人たち』も、見ている途中で何度も泣きそうになった

 

たとえば、ティッシュの母親が偽証した女性に会いに行くシーン。プエルトリコまで趣き、変装までする母親の懸命な姿に心が揺さぶられた。そんな彼女の想いが、ふてくされた面構えのペドロ・パスカルを突き動かしたのだ。この瞬間すでに泣きそうになったのだけれど、後のシーンで真実を聴けずじまいに終わった母親が落胆する瞬間で涙腺が崩壊した。

 

また、2人の父親がバーで酒を交わしながら一線を越えることを決心するシーンでは、胸が詰まりそうになった。事ここに至って、もはや手段を選ばない2人のオヤジたち。「これまでだって金がなくとも家族を養ってきただろ?」というセリフは、虐げられた社会で長いあいだ家族を養ってきた父親の苦労を感じさせる。つわりに苦しむティッシュをそっと抱いてやる父は、そんな苦労の様子を微塵も見せない。

 

母親も懸命だが、父親たちも同じくらい必死なのだ。家族全員がティッシュを想い、ファニーを救い出そうと奔走する。この思いやりと愛情に満ちた家族の姿はなんとも美しい。

 

出産シーンで、生まれた子どもを抱きしめるティッシュの姿は言葉にならない感動を与える。何度も何度も子どもの額にキスするキッシュは、聖母のような輝かしい愛に満たされている。ラストシーンでは、お菓子の封を開けるファニーを成長した息子がたしなめる。父親は依然として監獄の中だが、テーブルを囲む3人の姿は眩しいほどの愛に包まれている。

 

『ビール・ストリートの恋人たち』は愛についての映画だ。家族の愛、恋人との愛、気づかいや思いやりとしての愛————様々な形の愛情が、この映画にはあふれている。

 

おすすめ度 

 

作品情報

原題:If Beale Street Could Talk

監督:バリー・ジェンキンス 『ムーンライト』

脚本:バリー・ジェンキンス

 

撮影監督:ジェームズ・ラクストン 『ムーンライト』

音楽:ニコラス・ブリテル  『マネー・ショート』『ムーンライト』

編集: ナット・サンダース 『ショート・ターム』

ジョイ・マクミロン 『ムーンライト』

 

製作会社:プランB エンターテイメント

パステル・プロダクションズ

配給会社:アンナプルナ・ピクチャーズ

 

上映時間:119分

制作費:12億円………*1

Imdbスコア:7.5………*2

Rotten Tomatoスコア:94………*3

公式サイト:ビール・ストリートの恋人たち

 

データ

観た場所: 大阪ステーションシティシネマ  スクリーン6

観た時間:2019年 2月23日 20時(レイトショー)

観客の平均年齢: 35歳くらい

空席の数: 80%

男女比: 男性 40% 女性 60%

*1:Source

*2:2019/02/24時点

*3:2019/02/20時点