Hush-Hush: Magazine

映画の批評・感想を綴る大衆紙

オーロラの彼方へ:古き良き時代のエンターテイメント映画

オーロラの彼方へ 映画

 

先日、Twitterを何気なく見ていたらとあるツイートが目に止まった。たしか、午前2時過ぎくらいだったと思う。こんな夜更けに何をやっているんだと思いながらも、そのツイートで言及されたタイトルだけは記憶に留めた。ツイートによると、ネットフリックスで配信中とのことだった。

 

それから2週間ばかり経った。かろうじて思い出せる程度に錆びかけていた記憶を引っ張り出して、ネットフリックスで目当てのタイトルを探す。検索ボックスに記憶していたタイトルを打ち込んでみたが、一向に見つからない。配信期間が終わったのかしらと半ば落胆しながら、せめてあらすじだけでも読んでみようと思ってImdbを開いてみたら、あったじゃないか! 思わずスマホのImdbが示すタイトルと、TVが映し出すネットフリックスのタイトルを交互に見比べた。

 

「お探しの映画はこちらでは?」と的はずれな横槍を入れてくるネットフリックスの画面に、そのタイトルは確かにあった————『Frequency』というタイトルが、邦題で埋め尽くされた画面の中でひときわ浮かんで見えた。

 

なんで原題で配信しとんねん(笑)

 

邦題の『オーロラの彼方へ』で検索すると、ネットフリックスは答える。「あなたがお探しの映画はこちらでは?」

 

せやせや、それや!

これちゃうか?  やなしに、まさにドンピシャでそれやねん!  最初っから邦題で配信せんかい!

 

『オーロラの彼方へ』を観ようと思い立ってから、じつに25分が経過しようとしていた。とりあえず、作品が見つかったことにほっと胸をなでおろしながら、私はTV画面を睨みつけた。もし、つまらん映画やったら覚えとれよ、ネットフリックス…… そんな私の苛立ちもよそに、ロード画面が紅い弧を描き始めた。

 

Spoiler Warning——ネタバレを含みます

 

こまけぇこたぁいいんだよ!

 

これぞ、まさしくエンターテイメント・ムービーじゃないか。80年台、ムーピーキッズ世代の監督たちの黄金期を彷彿とさせるような、家族で見られる楽しめるエンターテイメント映画。『オーロラの彼方へ』は、まさしくそんな古き良き時代の香りがするエンターテイメント作品だ。

 

仕事に精を出す父。家に帰れば美しい妻が夕食をつくっていて、子どもたちは健やかに外で遊んでいる。休日にはテレビを囲んで野球中継に一喜一憂するし、子どもたちとキャッチボールをする余裕も忘れない。本作に登場するフランク・サリヴァンは、そんな絵に描いたような典型的なアメリカ人の父親だ。閑静な住宅街に一戸建ての家をローンで購入し、慎ましやかに暮らしている。

 

これだけでも十分に80年台のエンタメ作品っぽいのだけれど、フィルムによって撮影された映像もそれに拍車をかけている。本作が公開されたのは2000年だから、本作はフィルム撮影が下火になって久しい頃に、あえてフィルムで撮影しているということになる。このザラザラとしたフィルムの感じが、これまた80年台のファミリー・ムービーの趣を添えている。

 

80年台は家族で楽しめる映画、いわゆるブロックバスター・ムービーの黄金期だった。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』『インディ・ジョーンズ』『E.T.』『トップガン』『グーニーズ』『ダーティーダンシング』————これらの作品は、今なお色褪せることなく世界中の映画ファンを魅了し続ける。私は、この時代のブロックバスター映画が大好きだ。商業性MAXのドラマ性の欠片もないような、現代のブロックバスター映画もその馬鹿さ加減が大好きだけど、80年台の古き良きブロックバスター映画の方に無性に惹かれてしまう。

 

映画の中では、自分と等身大の主人公が描かれているし、そんな彼らがダンテの『地獄篇』よろしく様々な危機に立ち向かうハラハラドキドキの展開には、思わず拳をぎゅっと握ってしまう。中盤からクライマックスにかけて、ドキドキする度合いは高まり続け、背水の陣にまで追い詰められた主人公が機転のきいたアイデアで勝利を手に入れるハッピーエンド。ロッキーが勝利した時に「エイドリアァァァァァァン!!」と叫ばずにはいられなくなるような、そんな胸の高鳴りが80年台のブロックバスター映画にはあるのだ。

 

あぁ、映画っていいもんだなぁ」と感慨にふけりたくなるような、そんな心地良さがある。そういうわけで、私は「家族そろって見られる映画」が無性に好きなのだ。もちろん、デヴィット・フィンチャー監督の描き出すドス黒い世界観も大好きだし、ウディ・アレン監督の茶目っ気たっぷりな映画も、マーティン・スコセッシ監督の繊細で耽美的な映画も、どれも等しく愛している。でも、それとこれとは話が別なのだ。映画の本来の姿というか、映画の本質のようなものは、やはり家族そろって見るようなエンターテイメント作品だと信じてはばからない。

 

本作『オーロラの彼方へ』も、そんな80年台のエンタメ映画感が満載の素晴らしい娯楽映画だった。タイムパラドックスをモチーフにしたフィクションがありふれた今日、鋭い観客ならばツッコミを入れたくなるような「Bullshit(デタラメ)」がこの作品には溢れかえっている。でも、でもね、敢えて言わせてもらうとね、エンターテイメントを前にして、そんなこまけぇこたぁいいんだよ!

 

ドキドキハラハラして、最後にハッピーエンドが待っていればそれだけで十分面白いじゃないか。よく思い返してごらんよ。開始から15分、オーロラが輝く夜空を使って時代を30年も跳躍して、現代のジョンが父親と無線で初めて交信するシーンを。めちゃくちゃロマンチックじゃないか!  この時点ですでに、感の鋭い観客は「お、これはラストで父と息子の熱いドラマが待ってるぞ」と察するはずだ。

 

バックで流れるテレビの解説者が、黒点だとか、パラレルワールドだとか、それっぽい理屈を並べ立てて「無線が時間を超える」という本作最大のファンタジー要素を懸命に補強しようとしているけれど、そんなのはどうだっていいんだ!  くり返し言おう、こまけぇこたぁいいんだよ!

 

物心がつく前に父親を失っている息子として、過去の父を救おうとするのは当然のことだ。幼少期、もっと父親とキャッチボールがしたかっただろうし、思春期には頼れる父親に相談したいこともあったに違いない。そんな数十年分の想いの丈を、長い時間をかけて過去の父と語り合うシーンの美しいことったら、そりゃあもうね。あたしゃ、この時点で既にうるっとウルウル、ウルルン滞在記でしたわ。机に刻まれていく「生きてるぞ、チーフ」の文字を見て、しばし呆然とするジョンの心境を思うと胸が熱くなるじゃないか。

 

そして、本来死んでいるはずの父が生きていることで未来が変わってしまうというタイムパラドックスあるあるな展開を見せるストーリー。父が死ななかった代わりに、今度は母ジュリアが殺人鬼に殺されてしまうという皮肉な交換条件が、父と息子を苦しめる。やはり、人生やら運命というものはプラスマイナスゼロになるように仕組まれているのだろうか。

 

シニカルで理系な観客諸氏、「バタフライエフェクトって知ってんのか」みたいな目で見るのはおよしなさい。えぇ、たしかに、かく言う私も本編を見ている途中で思いましたよ。「フランクが生きながらえたことで、もしかしたらロナルド・レーガンは大統領に選ばれなかったかもしれない」とか、「ジョンの恋人にも影響が及んでいるということは、彼女の家族や友人が死んだり、そもそも生まれなかったりしている可能性もあるわけだ」とか。

 

過去を改変することで変化する未来の範囲は、ジョンの周辺に限られている。だけど、映画はエンターテイメントが基本であって、99%理屈が通っていれば1%のファンタジーはよしとするのが私のポリシーだ。もっと本格的なSF色の濃いタイムパラドックスものを味わいたければ、『シュタインズ・ゲート』やら『インターステラー』を見ればいい。「時空を越えて無線で通信できるだけもファンタジーなのに、バタフライエフェクトの効果まで無視するなんて、1%どころか3%くらいファンタジー要素入ってるじゃないか」と言いたげなそこのあなた、もう一度だけ言おう————こまけぇこたry……

 

母ジュリアを救うべく、父と息子が協力する姿は2人の溢れんばかりの愛情に包まれている。そして、最も感動的なのは、無線越しに現在のジョンと過去のジュリアンが対話するシーンだ。自分の身勝手な行動で、はしなくも母を殺してしまったジョンが涙ながらに母と対話する姿は、観客の胸を深く突き刺す。

 

エゴ丸出しのおせっかいで父親を救っておきながら、いざ母親が亡くなると「お前が生きているからだ」と理不尽極まりないことを言ってのけるジョンには、開いた口が塞がらなかったが、この感動的なシーンで見せた彼の涙でそんなBullshit(御託)は帳消しにされる。

 

そして迎えるクライマックスでは、唯一の連絡手段である無線機がフランクの大暴れによって壊れてしまう。ジョンとの連絡は途絶え、あまつさえナイチンゲール殺人事件の容疑者にまでされてしまう。まさに絶体絶命のピンチ。この危機感MAXな展開こそ、王道にしてエンターテイメントじゃないか。尋問を受けているにも関わらず、理工学的なひらめきで真犯人を返り討ちにしてしまうフランクのアグレッシブな性格には脱帽する。この行動しないと気がすまない質も、80年代の映画の主人公っぽいじゃないの。

 

そして、紆余曲折を経て突入するチェイスシーン、アクションシーン。追い詰められた真犯人は、街中で拳銃をぶっ放す。使い込んだ革ジャンも顧みずに、海へダイブするフランク。まさに、めちゃくちゃハチャメチャであるわけも分からぬままに、男2人が取っ組み合う。これぞ、エンターテイメントの真髄だ

 

思い返してみよう。『ダーティ・ハリー』のハリー・キャラハンは、現実だと即刻クビになるような大立ち回りを白昼堂々とやってのける。あの荒唐無稽な、破天荒っぷりがエンターテイメントなのだ。ハリー・キャラハンにテーマ性だとか、倫理的な問答を見出そうとしてはならない……いや、できない。感覚的に楽しければ、それで十分映画として成立しているのがエンターテイメントの魅力だ。街中で44マグナムをぶっ放すのは面白いからであって、それ以上の理由なんて求めちゃいけないのだ。

 

エンターテイメントに徹した脚本が素晴らしいのよ、ホントに

 

『オーロラの彼方へ』は脚本の構成が素晴らしい。書いているのはトビー・エメリッヒっていうピーナツ顔のオジさんなんだけれど、フィルモグラフィーを見た限りではプロデューサーがメインの仕事らしい。たまに居るよね、プロデューサーがメインだけど想像力を持て余して脚本まで書いちゃう人。おそらく、エメリッヒさんもそんな類の人物。このタイプのプロデューサーはコメディ映画に多いんだけれど、優れた脚本家はほんのひと握りで、大半は自己満足のために書いたとしか思えない脚本ばかり。その点、この小豆顔のオジさんはいい仕事をしている。

 

オープニングシーンは、転倒したタンクローリーが引火して爆発する視覚的にもダイナミックなアクションシーン。オープニングのクレジットも半ばで、危機感MAXな急展開を見せるアクションシーンは、観客の興味を引き付けるのに十分すぎるインパクトを備えている。あからさまな感じは否めないけど、テレビの音声やラジオの音声で今後のストーリー展開に必要な「ナイチンゲール殺人事件」や「オーロラが与える影響」について言及している点も、優れた脚本家の証しだ。

 

無線で初めて過去のフランクと通信した際には、あまりにも的確な情報を言い当てるジョンを警戒して2人の距離は遠ざかってしまう。そして、倉庫での火事のアクションシーンを挟むことで、2人は和解して協力し次のシーンへと進む。しばし談笑を楽しんだ後には、母ジュリアがいなくなるという新たな問題が浮上する。これを解決することが、ストーリーの中盤を占める。

 

そして、現代のジョンの捜査と過去のフランクの捜査が交互に展開して、浮かび上がる真犯人。サスペンスとミステリーの要素を巧みに組み合わせ、クライマックスに至るまで飽きさせることなく全力で疾走し続ける力強い脚本だ。

 

汽車の時間に間に合うかどうかギリギリの所で駅に駆けつけるのが『サスペンス』。

発車間際にその列車のステップにしがみつくのが『スリル』。

ようやく座席に落ち着き一息ついたところで、行先が違うことに気づく。これが『ショック』だ。

 

アルフレッド・ヒッチコック

 

野球の試合結果を言い当てることで、未来のジョンと通信していると黒人刑事に確信させたり、犯人は野放しでヘリまで要請して捜索しているにも関わらず、フランクの家は警護すらない有様だったりと、ツッコミどころは多々あるのだけれど、それを帳消しにするのがフィナーレの瞬間だ。タイムパラドックスを活かした巧妙な「どんでん返し」によって、『ブレードランナー2049』のデッカードよろしく、ドヤ顔で登場する老齢のフランク。

 

無線越しに会話するだけで、父と息子は互いに姿を見ることはできなかった。ピーナツ顔のエメリッヒ オジさんは、観客だけが2人の姿を見ているという映画的な構造を巧みに使って、この「どんでん返し」が与えるカタルシスを最大限まで高めている。30年の時を経て、ようやく抱き合う2人————その後に、フラッシュバックの形で挿入される、父と母の2人とも生きていた世界軸の記憶は、父と息子の愛が歴史を変えたことを雄弁に語る。そして、最後のシーンでは、一家団らんとして草野球に興じる姿が映し出される。

 

ジョンがゴードに教える魔法の言葉が「Google」ではなく「Yahoo」なのが時代性を感じさせる。もし、ゴードがジョンの言葉を信じてヤフーの株を買っていたとしたら、父がぶち壊したベンツのライトくらい安い買い物だろう。

 

すべてが元の鞘に収まり、大団円で幕を閉じるエンディング。主人公は勝利を手に入れ、観客も心地よい達成感を胸にしながらエンドロールを呆然と眺める。これこそ、まさにエンターテイメント映画のあるべき姿じゃないか。どれだけツッコミどころがあろうが、科学的な破綻を指摘されようが、私はこういう娯楽映画が大好きだ。

 

おすすめ度 

 

作品情報

原題:Frequency

監督:グレゴリー・ホブリット 『真実の行方』

脚本:トビー・エメリッヒ 『バタフライエフェクト』製作

 

撮影監督:アラー・キヴィロ 『しあわせの隠れ場所』

音楽:マイケル・ケイメン 『未来世紀ブラジル』『ダイ・ハード』

編集:デヴィッド・ローゼンブルーム 『インサイダー』

 

配給会社:ニュー・ライン・シネマ

上映時間:117分

制作費:約31億円 ………*1

 

Imdbスコア:7.4………*2

Rotten Tomatoスコア:70………*3

*1:Source

*2:2019/03/07時点

*3:2019/03/07時点