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ファースト・マンはスペクタクル映画の傑作だ

ファースト・マン 映画

 

観客を夢の国へと誘い込んだ『ラ・ラ・ランド』で、若干31歳にしてアカデミー賞を受賞した気鋭デイミアン・チャゼル監督。そんな新星が今作『ファースト・マン』で挑むのは、歴史の教科書の現代史にも載っているような公然の事実————アポロ11号による月面着陸だ。

 

1年に公開される凡百の映画の中には、映画館で見るべき映画というものがある。観者を身の毛のよだつような戦場へと放り込む『ダンケルク』や、茫洋たる宇宙空間の中で孤独に喘ぐ『ゼロ・グラビティ』、あたかもイラクへ赴任したかのような感覚に襲われる『アメリカン・スナイパー』

これらの作品はいずれも、観客が主人公と一体になって映画の世界を訪れ、そこで彼らと共に経験を共有する。そのためには、巨大なスクリーンと真に迫った音響設備が必要なのだ。『ファースト・マン』もまた、そんな没入型のスペクタクル映画だ。いや、近年稀に見るスペクタクル映画の傑作だと言い切ってもいい。

 

この作品こそ、劇場の大きなスクリーンで見なければならない。DVDでレンタルが開始され、アマゾンプライムビデオで数百円出せば見られるようになってからでは遅いのだ、読者諸兄。まだスクリーンで『ファースト・マン』をご覧になっていないのなら、今すぐこの記事を読むのを止めて映画館へ足を向けるべきだ。こんな浅薄な記事は、スクリーンで宇宙旅行を体感した後、帰宅の途につく電車の中で読んで頂ければそれで十分だ。リビングに設えた35インチTVと映画館の巨大な 銀幕(スクリーン)では、味わえる没入感には雲泥の差がある。

 

『インターステラー』を劇場で7回鑑賞し、自宅の50インチTVで同作のブルーレイを見て、その違いに驚嘆した私が言うのだから信じて欲しい。『ファースト・マン』は映画館でこそ観るべき作品だ。

 

Spoiler Warning——ネタバレを含みます

 

宇宙飛行士の疑似体験

 

『ファースト・マン』は宇宙飛行士と同じ視点からアポロ計画を体感できる映画だ。X-15が大気圏から間一髪で生還する手に汗握る冒頭のシーン。売店で購入したコーヒーをすする暇も無く、観客は高度140kmの高さに連れて行かれる。視界も定まらないほどの振動、扇情的な警告音の数々、高度計が示す容赦のない数値、閉塞感が漂う狭いコクピット。まるで実際にマッハ速度で飛行しているかのように、胃を締め付けられるような感覚に陥る。そして、衝撃とともに静寂がコクピットを包み込んだ次の瞬間、アームストロングのヘルメットに蒼い地球が映り込む。なんと美しいショットだろうか。

 

何よりも私を驚かせたのはX-15の飛行方法だ。ロケットのように、ブースター噴射によって地上から大気圏まで垂直方向に上昇していくのかと想いきや、途中までは戦闘機のように飛行し、その後に機体を上向きにして上昇していくではないか。しかも、着陸する時は腹面を地面に向けた状態でパラシュートによって減速する。

 

1960年代当時では最先端のテクノロジーだが、スペースXが宇宙開発のイコンとなった現代から見ると、それはローテクな薫りがする。少なくとも、平成生まれの私にとっては新鮮だった。

 

「今、自分たちのポケットに入っているコンピューターの方が、月面着陸に使用されたコンピューターよりも強力」という言葉だ。

「私たちが忘れがちなのは、月面着陸計画を進めていた当時には現代の技術が存在しなかったという点だ。観客には当時の現実を体験してほしい。そのために多くの人間が一丸となり一つの目標に向かった。 誰か一人でも間違いをおかせば、ミッションは失敗した」

 

マーティ・ボーウェン 『ファースト・マン』プロデューサー 

プロダクションノート|映画『ファースト・マン』公式サイト

 

ジェミニ8号がアジェナ標的衛生とランデブーする時も、目視によってアジェナを探していた。レーダーではなく目視で標的を探し、計算した座標をペンで地図に書き込む。こういったアナログな手法が、テクノロジーに親しんだ現在ではかえって新鮮に感じる。

 

積み重ねられたリアリティー

 

観客がコクピットに乗っているかのような没入感を得られるように、『ファースト・マン』では微細な点に至るまで徹底したリアリティーを追求している。元々『ラ・ラ・ランド』よりも前から企画されていた本作は、リサーチに膨大な時間を要するという理由から製作期間が長引いてしまった。

 

NASA全面協力のもと、宇宙服や機体が精巧に再現された。そして、ここでもローテクが使われている。『ゼロ・グラビティ』や『オデッセイ』のようなVFX主体で描く宇宙空間ではなく、『インターステラー』『2001年 宇宙の旅』のような視覚効果によるアナログ感のある宇宙空間。ほぼ実寸大の模型を作って撮影された映像は、真に迫った重量感がある。

 

コクピット内部の撮影も『インターステラー』と同じく、船室を模したセットに俳優たちを据え、バックにプロジェクターで宇宙空間を映すというアナログなアプローチ。コクピット内部の振動も、実際にセットを振動させるという徹底ぶり。 宇宙服を着せた状態で、実物大のセットに6~8時間も閉じ込めたというエピソードは、完璧主義で知られるキューブリックの撮影秘話を彷彿とさせる。

 

 

65mmIMAXフィルムで撮影された圧巻の月面シーンは、実際に月面のセットを採掘場につくって撮影された。光源が太陽という1点しか使えないシーンの都合上、地球上で最も明るい照明を開発したのだとか。まるで自身も月面に降り立ったかのように感じた月面着陸のシーンは、あまりの迫力に思わず息を呑んだ。

 

サターンV型ロケットの発射シーンは、これまで何度も映画で描かれてきた。だが、『ファースト・マン』で描かれる発射シーンは、記録映像かと見まがうほどにリアルなのだ。視覚効果とVFXを併用しているのだろうけれど、あまりの精巧さに感嘆しすぎて撮影方法のことなどすっかり忘れて見入ってしまった。実際にロケットを飛ばして撮影したようにしか見えないほどにリアルなのだ。そして、その精巧さが確かな質感を伴って観客に没入感を与えている。

 

 

圧巻の映像体験

 

『ファースト・マン』は、映像と音によってストーリーが語られる。セリフは必要最低限にとどめ、視覚的に物語を伝えている。『セッション』のラストシーンで、デイミアン・チャゼル監督はセリフではなく映像によって、くすぶる狂気を描き出した。『ラ・ラ・ランド』では、躍動的なカメラワークで高速道路のミュージカルシーンを華やかに演出してみせた。 本作では、16mmフィルム・35mmフィルム・65mmIMAXフィルムを使い分け、ドキュメンタリー的なアプローチで観客を宇宙空間へと放り込む。

 

16mmフィルムによって撮影された冒頭のX-15のシーンは、記録映画を見てるようなヴィンテージ感が漂っている。同じく16mmフィルムで撮影された、アームストロングと子どもたちが室内で戯れるシーンは、まるで家庭用ホームビデオのような温かさを帯びている。そして、16mmフィルムの粗い映像から一変した、IMAX撮影による月面着陸のシークエンス。この映像の落差が、観客に至高のカタルシスをもたらす。広角レンズで捉えた茫洋たる月面は、神秘的でなんとも神々しい。月面を覆う細かい粒子に至るまで、精緻に映し出すIMAXの映像は圧倒的に美しい。

 

『ラ・ラ・ランド』のコーヒーショップのシーンでも使われていた静止画的なショットを矢継ぎ早に見せる手法が今回も使われていた。NASAの社屋が映るシーンで、建物を撮った静止画的なショットが次々と並ぶ。これは音楽の世界に身を置いていたデイミアン・チャゼル監督による、音楽的な演出なのかもしれない。トントントンとリズミカルに切り替わる短いショットの数々は、どことなく音楽的な風情がある。

 

全身を包み込む音響効果

 

音響もまた『ファースト・マン』のストーリーを陰ながら支える立役者だ。本作では効果音が飛び交う『スターウォーズ』のような宇宙空間ではなく、『インターステラー』のような、そこはかとない寂しさが漂う無音の宇宙空間を描いている。映像面で16mmとIMAXという対極を使い、巧みに落差を作り出したチャゼル監督は、音響面でも静と動の落差をうまく使い分けている。サターンV型ロケットの発射シーンでは轟音が全身を包み込むが、月面のシーンではアームストロングの吐息だけが響き渡り、その他は一切の静寂に包まれる。轟音で高まった緊張感が、静寂でポンっと開放される。

 

『ラ・ラ・ランド』でアカデミー賞作曲賞を受賞したチャゼル監督の盟友、ジャスティン・ハーウィッツによるサウンドトラックは本作の世界観に叙情的な音色を添えている。 『インターステラー』で、巨匠ハンス・ジマーは荘厳なパイプオルガンを用いて深遠な宇宙空間に神秘的な旋律を響かせた。それとは対照的に『ファースト・マン』では、繊細で温かみのあるメロディーが作品のドラマ性を高めている。

 

#19『The Armstrongs』で繰り返されるメロディーは、寡黙なアームストロングという人物に心理的な奥行きを与えている。 サウンドトラックを聴いて驚いたのは、1曲の時間が短いということだ。セリフによってではなく、映像と音響によってミニマルに語る本作にふさわしく、サントラも極限まで無駄を削ぎ落とした構成になっている。サウンドトラック自体が単体の作品として作り込まれているのだ。

 

 

国民的ヒーローの素顔

 

ニール・アームストロングは寡黙な人物として知られている。家族や友人など、気心知れたごく一部の人にしか胸の内を明かさなかった。前作『ラ・ラ・ランド』ではセンチメンタルで情熱的な主人公セブを演じ、『ブレードランナー2049』では見事にハリソン・フォードと共演してみせたライアン・ゴズリング。『君に読む物語』でメイクが落ちるくらい、女性ファンの涙腺を崩壊してみせた2枚目俳優は、今やハリウッドを代表するスター俳優となった。

 

『ファースト・マン』は人類史上初の月面着陸という大偉業を、ニール・アームストロングという個人の視点から見つめた作品だ。アームストロングは従容な人物だ。朝鮮戦争にパイロットとして従軍した後、空軍でテストパイロットを務め、NASAのテストパイロットとなった。感情を表に出さず、一人で抱え込む。電話をしながら苛立っても、壁を軽く叩くだけに留める。同僚の死に際しても、仲間から距離を置き一人で夜の庭に佇む。アポロ11号で月へ向かう前の記者会見では、ミッションへの想いを気負いこんだ様子もなく淡々と語る。軽妙洒脱なジョークで記者の笑いを誘う、隣のバズ・オルドリンとは対照的だ。

 

そんな物静かで鷹揚としたアームストロングの内奥には、比類なき強靭な意志が隠れている。一度決めたら何としても完遂する。必要以上に感情的にならず、失敗しても平然とやり直すことのできる執念深さがある。 娘を失った喪失感も癒えぬまま、まるで己を痛めつけるかのように何度も 多軸回転試験慣性装置(マルチ・アクシス・スピンテスト・イナーシャ・ファシリティ) に乗って気絶するシーンは、彼の喪失感をセリフではなく映像で伝えている。言葉ではなく行動によって示す彼の姿は、観客の心に深く突き刺さる。

 

また、彼はどんなに危機的な状況でもパニックに陥らず、冷静さを失わないしたたかな自制心の持ち主でもある。アジェナ標的衛生とドッキングし、回転が止まらなくなった際にも冷静沈着に対応してみせる。遠心力に振り回され、意識が途切れる寸前の状態で感じる生命の危機————理性に冷静さを求めても、動物的な本能がそれを邪魔する逼迫した状況。そんな中で、身体的な恐怖に打ち勝つ難しさは想像を絶する。

 

『ファースト・マン』はニール・アームストロングが得た成功と、そのために支払った犠牲を描くことで、アポロ計画という周知の事実を個人的側面から見つめ直した。本作は失敗と苦悩と死の物語だ。何度も失敗し、一人で苦悩を抱えて葛藤し、知人が次々と荼毘(だび)()していく。心に傷を負ったまま次の困難に立ち向かうアームストロングの姿は、感動を通り越して畏敬の念をおぼえる。

 

そして、そんな彼の苦悩に満ちた(いばら)の人生をデイミアン・チャゼル監督は淡々とドキュメンタリー的に活写してみせた。冒頭のX-15のシーンが終わってから間もなくして娘の死が訪れる。現実時間では数年の歳月を経ているが、作中では大きく時間を跳躍してこれらの出来事を淡々と綴る。

 

娘を失った直後、飛行停止の報を受けたアームストロングは、声を荒げるわけでもなくただ嘆息して頭を掻きむしる。ホワイトハウスでアポロ1号の火災事故を知った際には、ただ呆然と立ちつくす。まるで懸命に言葉を探すけれど、結局見つからずに沈黙するかのように。妻のジャネットとの関係でも、この沈黙によって想いを伝える————言葉ではなく、沈黙によって。

 

そんな2人の関係が顕著に示されるのが、ラストシーンだ。地球に帰還してから初めて会ったであろうジャネットに対して、アームストロングは何も語らない。鏡越しにキスした手を重ねるだけ。だが、2人にとってはこれだけで十分なのだ。この沈黙が彼の言葉なのだから。あまりにも美しいラストシーンは、『グレート・ギャツビー』の冒頭を彷彿とさせる。

 

父と僕は、多くを語らずして人なみ以上に意を通じ合うのが常だったから、この父の言葉にもいろいろ言外の意味が込められていることが僕には分かっていた。

 

グレート・ギャツビー

 

 

アポロ11号へと向かう直前、息子たちに任務の危険性を伝えるシーンで、アームストロングはたどたどしく言葉をつむぐ。事故で夫を失ったパット婦人を目の当たりにしているジャネットは、任務の失敗が脳裏から離れない。だが、任務を成功させることに余念がないアームストロングは、そんな妻の心配もよそに黙々と身支度を進める。2人の感情の衝突は、両者とも正しいがゆえに悲劇的だ。

 

仕事中にも関わらずじゃれついてくる息子に対して、アームストロングが「隅っこに立ってろ」と命じる場面は、休日的な家庭の雰囲気が漂う温かいシーンだ。泣いているふりをしながらも、必死に笑いをこらえるジャネットは幸福感と慈愛に包まれている。

 

そして、本作の中で最もエモーショナルにして最も美しシーン————月面へと降り立ったアームストロングが亡き娘カレンのブレスレットをそっと放つ瞬間は、まるで天国の娘に任務の成功を(しら)せるかのよう。感情を表に出さないアームストロングが、個人的な感情をちらつかせるこのシーンは、彼の視点と同化して宇宙を旅してきた観客に得も言えぬ達成感をもたらす。

 

ニール・アームストロングは行動で示す人物だ。言葉で多くを語らず、沈黙によってそれを補う。そんな物静かな人物だからこそ、月面に着陸した際に勝鬨(かちどき)をあげることもなく、かの名台詞が口をついて出てきたのだろう。 

 

That's one small step for (a) man, one giant leap for mankind.

これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である。

 

宇宙へのロマン

1960年代————ベトナム戦争への反戦ムードが高まった60年代。62年にキューバ危機が起こり、翌年にはケネディ大統領が暗殺された。彼の愛人だったマリリン・モンローは前年に不可解な死を遂げた。そして、65年にはマルコムXが暗殺され、68年にはキング牧師が暗殺される。1960年台はアメリカの歴史で最も暗い狂乱の時代だった。

 

冷戦の流れの中で幕を開けた米ソ間の宇宙開発競争は、ソ連が優位に立つにしたがって一部のアメリカ国民の間で不信感を醸成した。作中で民族的な音楽と共に謳われる『Whitey on the Moon』はその象徴だ。そんな時代の趨勢のさなかで、アームストロングはひたむきに宇宙への夢を追い求めた。

 

たった数人で蕭条(しょうじょう)たる宇宙空間へ旅立ったとき、いったい彼らはどんな心境だったのだろう。ろくに身動きもとれないほど窮屈なコクピット。外界の景色は船室にあいた小さな窓から僅かに見えるだけだ。アポロ11号は直径10フィートしかなく、アームストロングら3人はその閉塞的な空間で1週間以上も過ごした。 地球から38万4400km離れた月への旅路————後方に望む蒼い地球を見つめながら、アームストロングは何を思ったのだろうか。 あたかもコクピットに座っているかのような感覚に襲われながら、私はそんなことを考えていた。

 

宇宙開発は夢とロマンが詰まっている。そんなロマンを半世紀も前に追い求めたことに、ただただ感嘆する。ロバート・ケネディ大統領は、1961年5月 議会で演説を行った。

我々は月へ行くという選択をした。 60年代が終わるまでに月へ行く。 それが簡単だから選択するのではない。困難であるが故に選択するのだ。

 

我々の漕ぎ出す海には得るべき新しい知識と勝ち得るべき権利がある。 人類の発展のため それらを手に入れねばならない。

我々は38万キロ彼方の月に向けてヒューストンからロケットを打ち上げる。 ロケットは全長90メートル余り、新しい合金で作られ、かつて無い高熱と高圧に耐えられるものとなる。

精巧な時計より更に精密な技術を持って組み立てられ、推進・誘導および生活に必要な全ての機材が組み込まれる。

 

未知の天体への未踏の飛行のために、 人類の歴史上最も危険で最も大規模なこの冒険に、 神のご加護があらんことを。

ジョン・F・ケネディ大統領 ライス大学でのスピーチ

 

そうだ。困難だからこそ、やる意義があったのだ。技術的優位性をソ連に示すという政治的な意図だけではない。人類の叡智を結集させれば、こんな大事業も成しうるのだと、誰でもなく全世界へ示す意義があった。まさに人類にとっての大きな一歩だったのだ。人類が誕生してから700万年が経ったいま、私たち人類はようやく地球から一歩抜け出す術を見つけましたよ、と神様に示す必要があった。

 

「こんな映画は見ない」とトランプ大統領は言ったそうだ。停滞した世情がアメリカを覆う中、身命を賭して宇宙へと旅立ったニール・アームストロング。たしかに、アメリカの血税が莫大に使われたかもしれない、武器ではなく技術を使った米ソ間での戦争だったかもしれない。だが、考えてもみてほしい。iPhoneが世界中を席巻し、Amazonが生活のインフラになった現代から半世紀も前に、前人未到の月面へと降り立った彼の矜持を。まさにロマンではないか。

 

当時、ロッキードやグラマン、ロックウェルなどの名だたるメーカーが部品をつくり、それらが合わさってサターンV型ロケットは完成した。アメリカ全体が一丸となって、宇宙へのロマンを追い求めていたのだ。人類にとって大きな一歩だったのだ。 そんな偉業を成したアメリカは、やはり名実ともに世界を牽引する先進国だし、そのことに誇りを持つべきだ。人類史上始めて月面に人類を送り出した技術大国としての誇りを。その先陣を切るべき大統領閣下が、こんなにも素晴らしい傑作映画を頭ごなしに否定するとは傲岸不遜はなはだしい。

 

トランプ大統領は宇宙へ想いを馳せたことがないのだろうか?この宇宙空間はどこまで続いているのか。私たちはどこから来たのか。宇宙とはどんな所なのだろうかと。そして、そんな想像の世界へ勇敢にも踏み込んだアームストロングという傑物の想いを。

 

人類が始めて月面に降り立ってから今年で半世紀が経った。現在ではスペースXやブルー・オリジンなど民間企業が宇宙開発に乗り出している。軌道エレベーターも実現のめどは立っている。冷戦の終結とともにアメリカの宇宙開発は下火になったが、アームストロングが残した衣鉢(いはつ)は確かに受け継がれている。遅ればせながら、ありがとうと言いたい。たった一人で苦悩と向き合い、数知れぬ困難を乗り越えて、宇宙の静寂(しじま)へ旅立ったあなたに。

 

おすすめ度 

 

作品情報

原題:First Man

監督:デイミアン・チャゼル『ラ・ラ・ランド』『セッション』

脚本:ジョシュ・シンガー『スポットライト 世紀のスクープ』

 

撮影監督: リヌス・サンドグレン 『ラ・ラ・ランド』『アメリカン・ハッスル』

音楽:ジャスティン・ハーウィッツ 『ラ・ラ・ランド』

 

編集:トム・クロス 『ラ・ラ・ランド』『グレイテスト・ショーマン』

 

製作会社:ユニバーサル・ピクチャーズ

アンブリン・エンターテインメント

ドリームワークス・ピクチャーズ

テンプル・ヒル・エンターテインメント

ファンタズマ

 

配給会社:ユニバーサル・ピクチャーズ

上映時間:141分

 

制作費:70億円………*1

Imdbスコア:7.4………*2

Rotten Tomatoスコア:87………*3

 

公式サイト:映画『ファースト・マン』公式サイト