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日本で公開された洋画の興行収入を調べてみた:ハンガー・ゲームはなぜ日本でヒットしなかったのか?

映画館 チケット

 

 

 

スーザン・コリンズの小説を原作とした『ハンガー・ゲーム』は、世界的に大ヒットを樹立した————日本を除いて。原作の小説は、ティーン・エイジャーをメイン読者とする海外版のライトノベルのようなものだ。日本でもライトノベルが原作とした映画は、数えきれないくらいあるというのに、どうして『ハンガー・ゲーム』は日本では受け入れられなかったのだろうか?

 

劇中では決して笑顔を見せないのに、どこか魅力のあるジェニファー・ローレンス。(女性は笑顔の時が最も美しい。笑顔を見せないのに、あれだけ美しいジェニファー・ローレンスは異論の余地なく美人だと思う。つまり、ジェニファー・ローレンスが相好を崩せば、オードリー・ヘップバーンが猫を抱くのと同じくらいモナ・リザ的で完全無欠だ。

 

サバイバルゲームから始まって、国家を転覆させるクーデーターへとスケールを拡大していくストーリー展開。キャラクターたちの葛藤もあり、ロマンスもあり、緊張感あふれるアクションシーンがある。

 

率直に言って、『ハンガー・ゲーム』は良質なエンターテイメント・ムービーだと思う。どうせ中身のない浅薄なアクション映画なんだろうなと、あまり期待せずに観たのだが、なかなかどうして面白いではないか。そして何よりもジェニファー・ローレンスが可愛い。金髪も似合うけど、黒髪のジェニファー・ローレンスも魅力的じゃないか。

 

そんなわけで、『ハンガー・ゲーム』を含む過去6年間(2013年~2018年)に公開された洋画の興行収入を、世界規模と日本の2つの視点で調べてみることにした。

 

2013年~2018年 6年間の興行収入ランキング

2013年 洋画 興行収入ランキング:全世界

ランキング

作品名 興行収入:世界 興行収入:日本
1 アナと雪の女王 1277億円 255億円
2 アイアンマン3 1215億円 25.7億円
3 怪盗グルーのミニオン危機一発 970億円 25億円
4 ホビット 竜に奪われた王国 960億円 14.1億円
5 ハンガー・ゲーム2 864億円 2.8億円
6 ワイルド・スピード EURO MISSION 788億円 20.2億円
7 モンスターズ・ユニバーシティ 743億円 89.6億円
8 ゼロ・グラビティ 716億円 32.3億円
9 マン・オブ・スティール 668億円 9.74億円
10 マイティ・ソー/ダーク・ワールド 644億円 6.35億円

 

2013年 洋画 興行収入ランキング:日本

ランキング

作品名 興行収入
1 モンスターズ・ユニバーシティ 89.6億円
2 レ・ミゼラブル(2012年12月公開) 58.9億円
3 テッド 42.3億円
4 シュガー・ラッシュ 30億円
5 007 スカイフォール(2012年12月公開) 27.5億円
6 アイアンマン3 25.7億円
7 怪盗グルーのミニオン危機一発 25億円
8 ローン・レンジャー 20.9億円
9 ダイ・ハード・ラストデイ 20.6億円
10 ワイルド・スピード EURO MISSION 20.2億円

 

全世界 興行収入 第5位の『ハンガーゲーム2』  日本の興行収入が占める割合は、全体のわずか0.3%だ。

 

『ハンガー・ゲーム』はアメリカの小説家、スーザン・コリンズのヤング・アダルト小説を原作とした映画だ。日本でも東野圭吾さんや伊坂幸太郎さんなど、人気のある小説家の作品はいくつも映画化されている。既に小説という媒体で一定数のファンを獲得しているから、ヒットするであろうという前提に基づいて映画化されるのだ。だが、『ハンガー・ゲーム』に関しては言えば、原作の小説が日本で認知されていなかった点に注目すべきだ。

 

アメリカ本国では、小説『ハンガー・ゲーム』第1巻・第2巻は発売から14ヶ月で150万部が印刷される大ヒットを記録している。たしかに、小説でこれだけ膨大なファンを獲得できているのなら、映画化されるのも当然だと言える。だが、日本で小説の『ハンガー・ゲーム』が発売されたのは、映画が公開した後になってからだった。

 

既に獲得している読者というファンを前提にして製作されながら、日本市場においてはその読者がほぼ皆無という、無謀すぎる状況で映画版『ハンガー・ゲーム』は公開されたのだ。映画製作はギャンブルだ。莫大な制作費をついやして、ヒットすれば儲けものだが、コケれば憂き目をみるハイリスク・ハイリターンなギャンブルなのだ。

 

ヒットした小説を映画化するのは、このギャンブルで失敗するリスクを少しでも軽減するために他ならない。だが、『ハンガー・ゲーム』の日本公開は、リスクを軽減するどころかリスク満載、伸るか反るかの賭けでしかなかった。他にも様々な要因が重なって、大コケという結果を招いたのだろうが、その根本的な原因は小説の認知度に拠るのではないだろうか。

 

2014年 洋画 興行収入ランキング:全世界

ランキング

作品名 興行収入:世界 興行収入:日本
1 トランスフォーマー/ロストエイジ 1087億円 29.1億円
2 ホビット 決戦のゆくえ 939億円 16.5億円
3 ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー 774億円 10.7億円
4 マレフィセント 758億円 65.4億円
5 X-MEN: フューチャー&パスト 748億円 10.3億円
6 ハンガー・ゲーム FINAL: レジスタンス 728億円 2億円
7 キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー 714億円 7億円
8 アメイジング・スパイダーマン2 708億円 31.4億円
9 猿の惑星: 新世紀 708億円 14.2億円
10 インターステラー 671億円 12.65億円

 

2014年 洋画 興行収入ランキング:日本

ランキング

作品名 興行収入
1 アナと雪の女王 255億円
2 マレフィセント 65.4億円
3 ゼロ・グラビティ(2013年12月公開) 32.3億円
4 GODZILLA 32億円
5 アメイジング・スパイダーマン2 31.4億円
6 トランスフォーマー/ロスト・エイジ 29.1億円
7 オール・ユー・ニード・イズ・キル 15.9億円
8 猿の惑星:新世紀 14.2億円
9 ホビット 竜に奪われた王国 14.1億円
10 ノア 約束の舟 13.8億円

 

『インターステラー』よりも『ノアの箱舟』の方が、日本での興行収入は高い。やはり日本人はエマ・ワトソンが好きなのだろうか?  俳優・女優が目当てで見に行く人が多いのだろうか。

 

だが、冷静に考えてみれば、よほどの映画好きでない限り、クリストファー・ノーランが『ダークナイト』『インセプション』の監督だという認識に至らないのではないか。映画ファンは映画サイトや、Twitterなどで新作映画に関する様々な情報を日々仕入れている。だが、映画館に訪れる大半の人たちにとって、新作映画の情報源は予告編の動画がメインとなる。2分程度の短い動画から、ストーリーのあらすじと出演者を読み取るのだ。

 

監督のフィルモグラフィーや、出演者の演技スタイル、撮影監督や音楽担当の力量など、メタ情報をあらかじめ知っていれば短い予告編からより多くの情報を読取ることができる。だが、そんな芸当を無意識にやってのけるのは、一部のシネフィルだけだ。余暇の選択肢として、消去法的に映画を選ぶような一般ピープルは、予告編から汲み取ったシノプシスと出演者だけで、その映画を見るか否か決めてしまう。

 

だから、ストーリー面でもヴィジュアル面でも遥かに優れている『インターステラー』が、興行収入で『ノアの箱舟』に劣るという不可解な現象が起きるのではないか。

 

2015年 洋画 興行収入ランキング:全世界

ランキング

作品名 興行収入:世界 興行収入:日本
1 スター・ウォーズ/フォースの覚醒 2062億円 116.3億円
2 ジュラシック・ワールド 1670億円 95.3億円
3 ワイルド・スピード SKY MISSION 1516億円 35.4億円
4 アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン 1405億円 32.1億円
5 ミニオンズ 1159億円 52.1億円
6 007 スペクター 880億円 29.6億円
7 インサイド・ヘッド 856億円 40.4億円
8 ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション 682億円 51.4億円
9 ハンガー・ゲーム FINAL: レボリューション 652億円 不明
10 オデッセイ 629億円 35.4億円

 

2015年 洋画 興行収入ランキング:日本

ランキング

作品名 興行収入
1 ジュラシック・ワールド 95.3億円
2 ベイマックス(2014年12月公開) 91.8億円
3 シンデレラ 57.3億円
4 ミニオンズ 52.1億円
5 ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション 51.4億円
6 インサイド・ヘッド 40.4億円
7 ワイルド・スピード SKY MISSION 35.4億円
8 アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン 32.1億円
9 ターミネーター:新起動/ジェニシス 27.4億円
10 テッド2 25.1億円

 

『テッド2』は全世界 興行収入ランクTOP10外の作品ながら、日本では第10位に食い込んだ。『ベイマックス』もしかりだ。この2作品に共通するのは何だろうか。

 

まず、どちらの作品も、女性受けする作品だ。愛くるしいフォルムのキャラクターが登場し、バイオレンスな要素は微塵もない。そして、2作品ともに平和な雰囲気を漂わせている。シリアス過ぎる場面は皆無だし、肩を力ませて見るタイプの作品ではない。つまり、気軽にポップコーン片手に見られるファミリー・ムービーなのだ

 

日本での興行収入ランキングを見てみれば、上位を占めているのは女性受けする作品が目立つ。日本の洋画市場において、女性の観客が興行収入に与える影響は想像以上に大きいのかもしれない。

 

2016年 洋画 興行収入ランキング:全世界

ランキング

作品名 興行収入:世界 興行収入:日本
1 シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ 1153億円 26.3億円
2 ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー 1056億円 46.3億円
3 ファインディング・ドリー 1028億円 68.3億円
4 ズートピア 1023億円 76.5億円
5 ジャングル・ブック 966億円 22.1億円
6 ペット 875億円 42.4億円
7 バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生 873億円 18.6億円
8 ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅 814億円 73.4億円
9 デッドプール 783億円 20.4億円
10 スーサイド・スクワッド 746億円 17.6億円

 

2016年 洋画 興行収入ランキング:日本

ランキング

作品名 興行収入
1 スター・ウォーズ/フォースの覚醒(2015年12月公開) 116.3億円
2 ズートピア 76.3億円
3 ファインディング・ドリー 68.3億円
4 ペット 42.4億円
5 オデッセイ 35.4億円
6 007 スペクター(2015年12月公開) 29.6億円
7 アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅 27.8億円
8 インデペンデンス・デイ:リサージェンス 26.6億円
9 シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ 26.3億円
10 ジャングル・ブック 22.1億円

 

2017年 洋画 興行収入ランキング:全世界

ランキング

作品名 興行収入:世界 興行収入:日本
1 スター・ウォーズ/最後のジェダイ 1332億円 74億円
2 美女と野獣 1263億円 124億円
3 ワイルド・スピード ICE BREAK 1236億円 40.5億円
4 怪盗グルーのミニオン大脱走 1034億円 73.1億円
5 ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル 962億円 12億円
6 スパイダーマン:ホームカミング 880億円 28億円
7 戦狼 ウルフ・オブ・ウォー 870億円 不明
8 ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス 863億円 11.4億円
9 マイティ・ソー バトルロイヤル 854億円 11.5億円
10 ワンダーウーマン 821億円 13.4億円

 

2017年 洋画 興行収入ランキング:日本

ランキング

作品名 興行収入
1 美女と野獣 124億円
2 ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅(2016年11月公開) 73.4億円
3 怪盗グルーのミニオン大脱走 73.1億円
4 パイレーツ・オブ・カリビアン/最後の海賊 67.1億円
5 モアナと伝説の海 51.6億円
6 SING/シング 51.1億円
7 ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー(2016年12月公開) 46.3億円
8 ラ・ラ・ランド 44.2億円
9 バイオハザード:ザ・ファイナル 42.7億円
10 ワイルド・スピード ICE BREAK 40.5億円

 

全世界興行収入 第7位にランクインした『ウルフ・オブ・ウォー』は、中国市場の大きさを示す好例だ。中華圏でのヒットは、世界興行収入に大きく影響する。今回、過去の興行収入を調べるまで、私はこの作品の存在すら知らなかった。

 

 

2018年 洋画 興行収入ランキング:全世界

ランキング

作品名 興行収入:世界 興行収入:日本
1 アベンジャーズ インフィニティー・ウォー 2048億円 37億円
2 ブラックパンサー 1346億円 15億円
3 ジュラシック・ワールド 炎の王国 1309億円 80億円
4 インクレディブル・ファミリー 1242億円 48億円
5 アクアマン 1067億円 16.3億円
6 ヴェノム 855 21億円
7 ボヘミアン・ラプソディー 799億円 128.6億円
8 ミッション・インポッシブル フォールアウト 791億円 47億円
9 デッドプール2 737億円 17億円
10 ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生 650億円 63億円

 

2018年 洋画 興行収入ランキング:日本

 
ランキング 作品名 興行収入
1 ボヘミアン・ラプソディ 128.6億円
2 ジュラシック・ワールド 炎の王国 80億円
3 スター・ウォーズ 最後のジェダイ 75億円
4 グレイテスト・ショーマン 52億円
5 リメンバー・ミー 49億円
6 インクレディブル・ファミリー 48億円
7 ミッション:インポッシブル フォールアウト 47億円
8 アベンジャーズ インフィニティ・ウォー 37億円
9 ボス・ベイビー 34億円
10 レディ・プレイヤー1 25億円

 

青春時代にクイーンを聴いていた世代の観客を、熱狂の坩堝に放り込んだ『ボヘミアン・ラプソディ』が圧倒的だった2018年。中でも目を引くのは『グレイテスト・ショーマン』だ。世界的に大ヒットしたわけではなかったが、日本での興行収入は上々だった。メロウな作風に惹かれた人が多かったのだろうか。それとも、『ラ・ラ・ランド』の記憶も褪せぬ間に、公開されたのが功を奏したのだろうか。

 

【補足】

日本の洋画市場では50億円を超えれば、ひとまずヒットしたと言えるようだ。


どうやら、日本人はジョニー・デップとトム・クルーズが大好きらしい。『ローンレンジャー』『パイレーツ・オブ・カリビアン 最後の海賊』『オールユー・ニード・イズ・キル』これらの作品は世界的に見るとコケているが、日本での興行収入はまずまずの結果を残している。

 

若者は洋画を見ないのか?

 

『 ターミネーター:新起動/ジェニシス』や『ジュラシック・ワールド 炎の王国』のヒット要因は、いくつかあるように思う。2作品ともに、家族でもカップルでも見に行けるファミリームービーであるという点。そして、子供の頃にこれらの作品を、リアルタイムで見ていた世代が映画館へ足を運んだという点だ。『宇宙戦艦ヤマト2199』は公開されるや否や、壮年のオジ様たちが劇場へ大挙して押し寄せたし、『スターウォーズ 新3部作』は世代を受け継いで親子で見に行くのがステータスとなった。

 

俳優の顔が分からない

 

若い世代の観客にとって、海外の俳優はみな同じように見えるのだろうか?  その気持ちも分からなくもない。クレジット表示無しで映像だけ見たとき、エイミー・アダムスとニコール・キッドマンの名前と顔が、あべこべになることがある。 さらに、字面だけを見ているとエイミー・アダムスとレイチェル・マクアダムスの名前がごちゃ混ぜになることもある。(今こうして書いている間にも、すでに間違えそうになっている)ショーン・ペンとジョー・ペシも同じ理由で、往々にして間違える。
 

ブライアン・J・スミスとケヴィン・ベーコンに至っては、兄弟だと言われても納得してしまうほど区別がつかない。ナタリー・ポートマンとキーラ・ナイトレイも、ヘアスタイルとメイクが似ていたら、瞬時に区別するのは容易ではない。

アメコミ映画と日本人

 

アメコミヒーロー系の映画は、世界規模でみると莫大な売り上げを叩き出している。日本での興行収入が鳴かず飛ばずなのは、いくつか理由があると思う。まず、原作のアメコミを読んでいる人口が少ない。よほどのアメコミファンか、映画を入り口としてアメコミの洗礼を受けた人でもない限り、原作にまで手を出そうとは思わないだろう。

 

(とは言いながら、アメコミのトレンドを作り変えた2本の傑作————『ウォッチメン』と『バットマン:ダークナイト・リターンズ』だけは是非一読してほしい

 

「勇気・友情・勝利」という我が国の専売特許を嘲笑うかのように、シックでストイックでダークなのだ。フィクションにもかかわらず、現実を冷徹に見つめるその眼差しは、アメコミに「フラフィックノベル」という品格を与えた。

 

数年前に公開された『スーパーマンVSバットマン』の原作コミックは、冗長な映画版とは異なり、徹底的にハードボイルドだ。スーパーマンとの死闘は原作の方がより泥臭いし、老いさらばえたブルース・ウェインが悲鳴をあげる身体に鞭打って戦い続ける姿は、憐憫の情を誘う)

 

マーベルユニバースなどの連作形式をとった作品は、作品数も登場キャラクターも多すぎて、それらを整理するだけでも大変だ。マーベルユニバースのフェーズという波に乗り損なった人は、シリーズ作品を今さら最初から見ようとは思わないだろう。 

 

クリストファー・ノーラン監督『ダークナイト』の日本での興行収入は、たったの16億円だった *1。映画ファンならば知らない者はいないであろう傑作が、どうしてここまで大コケしたのか? 

 

『ダークナイト』の場合は、「バットマン」というブランドに対するアメリカ人と日本人の温度差が大きな要因ではないかと思う。アメリカ人にとっての「スーパーマン」と「バットマン」は、我々日本人にとっての「ルパン三世」や「ドラゴンボール」と同じくらい知名度と歴史がある。親子の世代を越えて人々を惹き付けてきた。

 

日本人にとって、『ダークナイト』以前の「バットマン」像は、ティム・バートン版のコミカルなヒーローというのが関の山だった。アメリカ人にとっては国民的なヒーローでも、日本人にとっては黒いネコ耳を生やしたヒーローという程度の認識でしかなかったのだ。

 

『ダークナイト』は紛れもない傑作だ。IMAX撮影による臨場感あふれる映像美、巧みなストーリーテリング、既存のヴィラン像を打ち破ったジョーカーという魅惑的なキャラクター。だが、これらの要素は実際に映画館に足を運ばなければ分からない。予告編を見た段階で、「あぁ、ティム・バートンのリブート版か」といった程度の認識しか持っていなければ、そもそも劇場にまで見に行こうとは思わないだろう。

 

『ダークナイト』が公開されて10年の月日が流れた今、多くの人は「ノーラン版のバットマンは面白い」と口を揃えて言うだろう。だが、『ダークナイト』が公開された当時、日本人にとって「バットマン」というブランドはそれほど興味ひかれる対象ではなかったのだ。この不可逆性が、『ダークナイト』の知名度の高さと、興行収入のギャップを生んだのだ。

 

そんな『ダークナイト』を押しのけて、歴代興行収入第9位の座に腰を据えた『ブラックパンサー』  この作品が日本でヒットしなかった理由の1つは、「続編疲れ」「ユニバース疲れ」なのではないだろうか。あぁ、またどうせアベンジャーズに出てたヒーローの映画なんでしょ、といった程度でしか認識されなかったのではないか。

 

 

『ワンダーウーマン』は、男性優位社会の中で剽悍に振る舞う女性を描いて世界的なヒットを記録した。だが、日本での興行収入はわずか13.4億円しかない*2 。2000年台に入り、「強い女性キャラクター」はハリウッドのトレンドになった。にもかかわらず、『ワンダーウーマン』が世界的にヒットしたのは、「男性優位社会の中で戦う女性」というマイノリティーに焦点を当てたからだ。それは『ブラックパンサー』も然りで、「黒人のヒーロー」というマイノリティーが主人公だ。 

 

近年、LGBTを描いた映画が増えている。映画を通してマイノリティーへの理解を深めようという動きが、世界中で活発になっている。そんな中で、マイノリティーを描いた『ワンダーウーマン』と『ブラックパンサー』が日本でコケたという事実は、多様性(ダイバーシティ)に対する日本人の不寛容さを示しているのではないだろうか。

 

ミームとしての映画 

 

芦高 氏の考察は、示唆に富んでいる。そもそも、洋画を見る若者が少ないのなら、洋画を見たところでその興奮を同年代の友だち同士で共有できない。話題性という点では、ドラマ作品の劇場版や、マンガ・アニメを原作とした映画に軍配があがる。20代のカップルにとって、映画館を後にしたとき話題を共有しやすいのは、こういった既に流通しているフランチャイズ映画なのだろう。

 

そういったわけで、近年は邦画の興行収入が洋画を上回っているのかもしれない。あと、有村架純ちゃん可愛いし。うん、無条件に可愛い。

 

邦画は洋画にはない魅力がある。私たちが見慣れている何気ない日本の風景を、スクリーンというキャンバスに美しく描き出す。だが、残念ながらドラマやマンガ、アニメを原作とした映画作品は、海外で配給することを想定していない。日本で製作されて日本で消費される、地産地消のコンテンツだ。

 

『るろうに剣心』はワーナー主導で海外配給されたが、結果は芳しくなかった。なぜかフィリピンでヒットしていたが、『君の名は』がヒットした理由が誰にも分からないように、ヒットの要因は不明だ。

 

日本では大ヒットを記録した庵野秀明監督の『シン・ゴジラ』も、海外での興行収入は惨憺たる結果に終わった。


閑話休題。

 

評論家の岡田斗司夫さんが、『シン・ゴジラ』の海外配給が惨敗した理由を分析している。岡田さんの意見にも、なるほどなと共感する部分はあるのだけれど、これだけは言わせてもらいたい。庵野秀明は人物の描写が苦手な映像作家ではないと。彼ほど実写映画的にキャラクターを描写できるアニメ監督はいないのだから。

 

 エヴァンゲリオンの旧劇場版『Air/まごころを君に』は、アニメという形式をとった実写映画だ。生気を喪失したシンジに、ミサトさんが本気でブチ切れるシーンはこの映画の白眉だ。加持さんの死を引きずりながらも、職責と母親の愛情が混じった態度で、ゼーレの茶番劇に終止符を打つべくシンジを本気で叱り飛ばす。

 

この時の、スクリーンを越えて伝わってくる感情の奔流は、人間という生きものを徹底的に掘り下げなければ生み出せなかったはずだ。セリフや作画などの表面的なディテールから、そこに潜むサブテキストまで感じさせる庵野秀明監督は、キャラクター描写の達人なのだ。

 

 記事の中でもう1つ気になった点がある。庵野秀明は押井守の弟子であるという指摘。押井守監督は、まぎれもなく世界を代表する映画作家だ。庵野秀明監督も然り。だが、この2人の偉大な映画監督は、似ても似つかぬ全くタイプの異なるクリエイターだ。庵野さんがとことん人間を掘り下げるフィルムメイカーだとすれば、押井さんは2歩、3歩下がった視点から人間を客観的に観察するフィルムメイカーだ。 

 

庵野監督が描くのは、言葉では表現できないような複雑でカオティックなキャラクターの心情だ。対する押井監督は、人間のエモーショナルな部分には目もくれず、ストイックなまでに人間という生きものを観察し続ける。『イノセンス』は、観察者としての押井守が遺憾なく発揮された芸術作品だ。

 

そういうわけで、庵野監督は押井監督の弟子だなんて乱暴なことは言わないで頂きたい。

 

映画の興行収入は、作品の評価を決定づけるすべてではないが、観客の反応を測る指標にはなり得る。結論としていえるのは、やはり映画製作はギャンブルであり、どんな作品がヒットするのかは公開してみるまで分からないということだ。すべての因果関係がそうであるように、映画のヒットを左右する要因も1つではない。いくつもの要素が絡み合って、興行収入という結果を結ぶのだ。