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アリータ バトルエンジェル:視覚効果のパラダイムシフト

アリータ バトルエンジェル

 

 

Spoiler Warning——ネタバレを含みます

 

VFX新時代の幕開け

 

極限まで推し進められた虚構は現実と区別がつかなくなる。虚構が現実に肉薄したとき、果たしてその虚像は現実ではないと言い切れるだろうか。かつて我が師 押井守監督は言った————過剰に発達したVFXは映画をアニメ化すると。『アリータ バトルエンジェル』は、その到来を宣告した。これは誇張ではない。本作でアリータがクリストフ・ヴォルツと抱き合った瞬間、VFXは新たな段階へとシフトしたのだ。

 

まるで本物のティーンエイジャーのような機微に富んだ喜怒哀楽を見せるアリータは、目の大きさがあともう少し小さければCGIだと気が付かないほどリアルだ。けれど、あの大きすぎず小さすぎない、かろうじてアニメ感を保っている適度な大きさの目が彼女のチャームポイントになっている。

 

CGIというまがい物のはずなのに、これほどまでに機微を感じられるのが自分でも不思議だった。かつてE.T.の存在を本物だと信じ込んで胸をときめかせた少年時代を思い出した。今になって見返すと明らかに作りものなのだけれど、現実と虚構の境目が分からなかった当時はE.T.をまがい物だと疑う余地なく、その存在を信じ切っていた。信じ切ることができたからこそ、全力でストーリーに感情移入することができた。

 

『アリータ バトルエンジェル』もまた、疑いを差し挟む余地がないほど現実的なアリータの存在が、ストーリーへ没入させて感情移入を誘う。現実には存在しないにも関わらず、たしかな実体と感情をもってアイアンシティを駆け巡るアリータ。CGIという虚構によって、これほどの機微を感じられる日が来るなんて誰が予想できただろうか。くず鉄の山からイドに拾われ、ドールボディを授かったアリータが目覚めるシーンでは、あくびの吐息すら感じられる。

 

このシーンを見た瞬間、ジェームズ・キャメロン監督が『銃夢』の映画化権を20年も前に獲得していながら、なかなか製作に踏み切らなかった理由が分かったような気がした。おそらく、キャメロン監督はVFXによって限りなくリアルな感情を表現したかったのだろう。そして今、ようやく彼の願望に映像技術が追いついた。『アバター』で前代未聞の映像的な大実験を試みたキャメロン監督は、この時に確信を得たに違いない。ジョージ・ルーカス監督が自身のイメージを100%再現できるまで、エピソードⅠを撮影しなかったように、キャメロン監督も同じ理由で『銃夢』の制作を指を数えて待っていたのだろう。

 

『アリータ バトルエンジェル』最大の見せ場であるモーターボールのシーンは、エンターテイメント作品にふさわしく視覚的なスペクタクルに富んでいる————巨大なディスプレイを突き破って屋外へ飛び出したり、サイボーグを木っ端微塵にする物騒なエモノの数々。あれはもはやスポーツと呼べるのかはさておき

 

モーターボールのリーグ戦のようなアクションシーンでも、本作のVFXを十二分に堪能できるのだけれど、その真価が発揮されるのはアリータと他のキャラクターたちが交流する日常のシーンだ。一見すると何気ないように見える日常的な仕草や振る舞いの中に、何の違和感もなくVFXという異物を混入させるのは尋常ではない技術だ。

 

映画を見る観客の感覚は、本人の無意識とは裏腹に鋭敏にその違和感を感じ取る。ほんの些細な点にも感づいて、「何となくおかしい」といった得も言えぬ違和感をすぐに察知する。その違和感を感じさせないがゆえに、『アリータ バトルエンジェル』はその優れたストーリーへ観客を没頭させ、感情的な起伏に富んだドラマを堪能させることができるのだ。

 

これだけ言葉を費やしてもまだ足りないくらいに、本作のVFXは素晴らしい。名優クリストフ・ヴォルツ、マハーシャラ・アリと対等に立ち回るアリータを見るだけでも、本作を見る価値は十分にある。

 

現実と遜色ない虚構:VFXの魔術

 

アリータを血の通った1人の少女たらしめているVFX技術の肝は、『アバター』から受け継がれた「パフォーマンスキャプチャー」だ。『ロード・オブ・ザ・リング』や『アバター』で革新的な視覚効果を見せつけたニュージーランドのVFXスタジオ「WETA」が本作のVFXを制作している。映画史に残る大実験を試みた『アバター』の撮影には、新たなVFXの技術が要請された。その新しい技術を開発したのがWETAだ。

 

従来のモーションキャプチャーは、俳優にマーカーの付いたスーツを着てもらって、彼らの動きをCGデータに変換するものだった。本作で用いられている「パフォーマンスキャプチャー」はその名が示すとおり、俳優の動きにくわえて表情まで、つまり演技を丸ごとCGデータとして取り込むことができる。つまり、現実をそっくりそのままCGで再現できるということだ。

 

『ゼロ・グラビティ』ではモーションキャプチャーによって動きをCGIに変換し、「ライトボックス」と呼ばれる撮影装置を開発して宇宙空間というステージまでもCGによって創ってしまった。カメラの動き、俳優の動き、ライティングをすべてこの「ライトボックス」という巨大な箱型の装置の中で行っている。もはや実物の要素は俳優の顔しか無く、ショットによってはその俳優の顔さえもCGIによって置き換えられている。*1

 

一方、『アリータ バトルエンジェル』では、パフォーマンスキャプチャーという最先端のVFX技術を用いながらも、グリーンスクリーンの使用は最小限に抑えられている。ロバート・ロドリゲス監督は、本作と同じくコミックが原作の映画『シン・シティ』とは真逆のアプローチをとった。セットでカメラを回して、実物を撮ることで現実的(リアリティー)ではなく現実そのもの(リアル)を獲得しようと試みた。

 

数年前に公開されたフル3DCG映画『キングスグレイブ / ファイナルファンタジー FFXV』は、もはや役者がいなくとも映画が撮れることを証明してみせた。だが、あくまでもリアルな3DCGであって、「リアルだけれど本物ではないよね」という違和感から脱することはできなかった。数々の3DCGアニメーションを手がける荒牧伸志 監督の『キャプテンハーロック』もそうだったように。『アリータ バトルエンジェル』のCGIが真に迫って見えるのは、それが現実の風景の中に置かれているからだ。生身の俳優と、実物のセット————現実の中に紛れ込んだ虚構は、その境目が曖昧にぼかされる。その虚構が限りなく現実的であれば、なおさらだ。

 

また、『ゼロ・グラビティ』では、かろうじてサンドラ・ブロックの顔だけは実物を使っているが、『アリータ バトルエンジェル』はその顔すらもCGIで表現してしまう。ともすれば、モーションキャプチャーによって動きだけをスタントマンに演じてもらったとしても、観客はその見分けがつかない。だが、アリータを演じたローサ・サラザールはトム・クルーズよろしく一切のスタント無しで本作のアクションシーンを演じきった。ローサ・サラザールが演じた動きをそのまま使うことで、より重量感のある現実的なアクションが生まれた。

 

ローサ・サラザールの演技が光るのは、アクロバティックなアクションシーンだけではない。アリータに感情を吹き込む表情の演技もまた上手い。2つの高解像度カメラで、1フレームごとに表情を読み取りCGで再現したという映像技術にも驚きだが、これだけ大量の装置を身に着けながらアリータという役を演じきったローサ・サラザールにはなお驚かされた。顔にはマーカーを装着し、モーションキャプチャー用のスーツで全身を包み込み、重たそうなマイクとヘッドセットを被った状態で演技する難しさは、想像に難くない。

 

本作では、他にもサイマルカムやフュージョン・カメラシステムなど『アバター』の遺産が余すことなく使われている。ニュージーランドのフリーダイバーの動きを参考にしたという、アリータが水中を歩くシーンはこういった数々の技術の結晶だ。水の中を歩くサイボーグの動きなんて、想像はできたとしてもそれを実現するのは容易ではない。かつて誰も見たことがないのだから。水の中での抵抗やアリータの体重、ボディの材質など物理的な特性を想像から映像に落とし込むなんて、気が遠くなるような作業だ。そんな偉業をやってのけたWETAと本作のVFXチームに、ただただ敬服する。

 

サイマルカム:比較したい映像を合成し1つの映像として表示する技術。

フュージョン・カメラシステム:複数台のカメラを使う3D撮影の手法。ジェームズ・キャメロンが開発した。

 

閑話休題:アリータのメイキングについて色々と調べていたら、興味深い記事が出てきた。どうやら、私の手元にあるiPhone Xでも気軽にフェイシャル・モーションキャプチャーを使えるらしい。こんな技術をポケットのスマホ1つで体験できるなんて、『ジュラシック・パーク』を撮影していた当時のスピルバーグに教えてあげたい。

 

脚本家としてのジェームズ・キャメロン

 

ジェームズ・キャメロンは天才だ。その卓越した映像表現は言わずもがな、彼の真髄は別にある。『アバター』が世界興行収入 歴代1位を叩き出した?————そんなのは結果に過ぎない。キャメロン監督が天才なのは、「ただ自分が撮りたいから」というエゴ丸出しの理由だけで傑作映画を撮ってしまう点にある。海洋調査をしてみたいという理由だけで、映画史に残る傑作にして私のバイブル『タイタニック』を撮ってみたり、金が要るという理由だけで『ターミネーター』を撮ったりする男なのだ、ジェームズ・キャメロンという映像作家は。

 

本作『アリータ バトルエンジェル』も同様にして、極めて個人的な動機から製作されている。そもそもは、友人のギレルモ・デル・トロ監督が、キャメロン監督に『銃夢』を薦めたことに端を発する。岡田斗司夫よろしく古き良きオタク臭が漂うギレルモ監督は、キャメロン監督に押井守作品を薦めた張本人でもある。

 

(結果的に、ジェームズ・キャメロン監督は押井ワールドの虜になってしまうのだが……)

 

原作を読んで『銃夢』の世界観に魅せられたキャメロン監督は「何としても映像化する」と気追い込むが、プルーストの『失われた時を求めて』然とした様相を呈する『アバター』の続編製作を前にして止む無く断念。メガホンを引き継ぐ後任として、ロバート・ロドリゲス監督に白羽の矢を立ったというわけだ。

 

作品を引き継ぐにあたってキャメロン監督は、186ページの脚本と600ページにも及ぶメモをロドリゲス監督に渡したという。20年の歳月をかけて蓄積されたキャメロン監督のアイデアと、原作の『銃夢』に対する並外れた熱意が感じられるエピソードだ。『アリータ バトルエンジェル』は、過剰なVFXによる視覚的な刺激をスペクタクルと勘違いしている『トランスフォーマー』とは違う。その決定的な差は、本作が持つ重厚にしてエモーショナルなドラマ性だ。エンターテイメント作品らしく見せ場では華々しく魅せ、それでいて人物の内面も掘り下げる————エンタメ性とドラマ性の両立。これこそジェームズ・キャメロン監督の真骨頂だ。

 

ドールボディを手に入れたアリータが、目を輝かせてイドと共に街を闊歩するときの喜び。目覚めた彼女へ娘の名前「アリータ」を授ける時の、ギトの複雑な面持ち。「父さん」と呼ばれて呆然と立ち尽くすギトの心境。そして、本作のストーリーの根幹であるヒューゴとの心の触れ合い————バーサーカーボディを手に入れ、少女から女性へと成長を遂げたアリータ。体つきは成熟して、目つきは凛々しくなった。チョコレートを頬ぼる少女の面影はどこにもない。そぼ降る雨の中、ヒューゴとキスするシーンは最高にロマンチックだ。

 

アリータの機微を丁寧に描きながらも、キャメロン監督は日本のサブカルへの配慮も忘れていない。『攻殻機動隊』に始まり『マトリックス』によって世界的に認知され、『アイアンマン』へと踏襲された三点着地————強敵グリュシカとのセカンドファイトでは、闘志むき出しのアリータが華麗な三点着地をきめている。そして、極めつけは予告編でも使われていた跳躍をしながらグリュシカに殴りかかるスローモーション映像。アニメ的な演出もハリウッドクオリティーで再現されると、なんだか箔がつくような気がする。アリータの瞳へゆっくりとズームしていくフラッシュバックも、いかにもアニメ的な映像表現だ。

 

原作の漫画4巻分を120分に無理やり詰め込んだ感じは、たしかに否めない。ジョージ・ルーカスもびっくりなくらいのハイスピードで展開していくストーリー。プロットからプロットへの移り変わりが早すぎて、観客の感情が追いつかなくなるギリギリの限界速度でストーリーはゴールへと突っ走る。機甲術(パンツァークンスト)に目覚めてから、ハンターウォーリアーになって、さらにはモーターボールへと至るスピードの速いことたるや。ようやく一命をとりとめたヒューゴが、復活して間もなく木っ端微塵になった瞬間はさすがに呆気にとられたけど……

 

けれど、これだけのボリュームを破綻する寸前まで詰め込んでも脚本として正常に機能しているというのは、キャメロン監督が優れた脚本家であることの証しでもある。

 

それから、ツッコミどころ満載なラストシーン。「え、ここで終わるの?」というクリフハンガー的な終わり方もさることながら、最も気になったのはノヴァの素顔。『ファンタスティック・ビースト』で、当然のようにしれっとその姿を現したジョニー・デップよろしく、最後の最後でようやく登場したエドワード・ノートン。顔の輪郭からおおよその見当はついていたのだけれど、メガネを外した瞬間に驚かなかったといえば嘘になる。エドワード・ノートンをスクリーンで見たのは、おそらく『バードマン』以来だったからとりあえず生存確認ができてよかった。

 

ジェームズ・キャメロン監督は、『銃夢』を3部作で映画化する構想だったようだ。エンディングから察するに、興行収入しだいでは続編を製作するつもりなのだろう。北米、アジア圏をはじめ世界中で大ヒットを記録し、現時点で興行収入350億円を突破していることからみて*2、もはや続編製作は決まったも同然だと言える。続編の公開が今から待ち遠しい。

 

おすすめ度 

 

作品情報

原題:Alita: Battle Angel

監督:ロバート・ロドリゲス 『シン・シティ』

脚本: ジェームズ・キャメロン 『タイタニック』

レータ・カログリディス 『シャッターアイランド』

 

撮影監督:ビル・ポープ  『ベイビー・ドライバー』『マトリックス』

音楽:トム・ホルケンボルフ 『マッドマックス 怒りのデス・ロード』

編集: スティーヴン・E・リフキン 『アバター』

 

製作会社: 20世紀フォックス

ライトストーム・エンターテインメント

配給会社: 20世紀フォックス

 

上映時間: 122分

制作費:約170億円………*3

Imdbスコア:7.6………*4

Rotten Tomatoスコア:60………*5

公式サイト:『アリータ バトルエンジェル』公式サイト

 

データ

観た場所:大阪ステーションシティシネマ スクリーン11

観た時間:2019年3月3日 21時(レイトショー)

観客の平均年齢:30歳くらい(若い人多め)

空席の数:7割くらい

男女比:男性70% 女性30%

*1:日本版Cinefex32 2014年刊行より

*2:2019/03/04現在

*3:Source

*4:2019/03/04時点

*5:2019/03/04時点