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2019年 第91回アカデミー賞を見て思ったこと

ハリウッド 映画

 

 

今年で91回目を迎えたアカデミー賞授賞式。今年のアカデミー賞は『ブラックパンサー』が作品賞にノミネートされたり、司会者が不在だったり、『人気映画部門』という取って付けたような部門がご破算になったりと、様々なゴシップネタを提供してくれた。今年のオスカーは茶番だ————授賞式を迎えるまでの一連の騒動も含め、結果にいたるまですべてだ。まぁ、一年に一度の映画の祭典だし、映画史はアカデミー賞と共に歩んできたといっても過言ではないので、当初は小言をわざわざ記事にするつもりはなかったのだけれど、居ても立ってもいられなくなったので思いの丈をぶちまけることにした。

 

騒動ありすぎやろ

 

今年のオスカーはゴシップネタにまみれた見世物的な様相を呈していた。過去の人種差別的なツイートが発掘されて、発表からわずか1日と経たずに降板を余儀なくされた司会者。この卑屈な騒動の時点で、なんだか雲行きが怪しかった。過去に投稿したツイートをわざわざ遡ってまで、重箱の隅をつつく有象無象の意図が理解できない。何なのだろうか、時間を持て余しているからくだらないことを思いつくのだろうか。

 

アカデミー賞は映画界のお祭りだ。映画ファンはレッドカーペットに集う映画人たちの勇姿を毎年楽しみにしているし、業界人にとってはこれまでの苦労がようやく報われる瞬間なのだ。映画というメディアが産まれて1世紀、アカデミー賞が産まれてから約90年経った。ようやく伝統を重んじられる程度には歳をとったオスカーをこんな低次元な騒動で汚さないでくれ。だいたい、こんな低次元な炎上案件で、手のひらを返したようにケヴィン・ハートを降板させる米国映画芸術科学アカデミーの態度も気に食わない。アカデミー協会は自分たちの品位を貶めていることを自覚しているのだろうか。

 

「撮影賞、編集賞、短編実写映画賞、メイク・ヘアスタイリング賞」の発表をCM中に行うという発表に非難轟々だったため、結局取りやめになるという一幕もあった。これら4部門を丸ごとカットするというわけではなく、発表の瞬間は放送する予定だったらしい。「And the Oscar goes to…」から受賞者が壇上に上るまでを編集でカットするなどして時間を短縮する方針だったらしいのだが、これも意味が分からない。そもそも、どうしてこの4部門だけが「TVの放送枠内に収めるため」という勝手な都合で冷遇されなければならないのか。この4部門を選んだ基準は何なのか————言葉にはしていないだけで、これらの部門が軽んじられているからに他ならない。

 

米国映画芸術科学アカデミーの古狸どもよ、貴様らとていっぱしの映画人だろうが。映画において重要ではない仕事なんて1つもないことは、諸君らだって重々承知のはずだ。映画は総合芸術だ。様々なエキスパートが集って1本の映画を作り上げる。そのいずれもが重要であって、無くてもよい部門なんて1つもないあまつさえ、映画を特殊な芸術たらしめている撮影をぞんざいに扱うとは何事か。撮影監督がカメラを回さなければ、そもそもの映像が生まれないではないか。映画監督が作品の母だとすれば、撮影監督は父親的なポジションに相当する。それを軽んじるとは、アカデミー協会の神経を疑わざるを得ない。いいか、古狸ども、もう一度よく頭を冷やして考えてみろ。

 

アカデミー協会の迷走は、これだけに留まらない。「単館系のアート映画ばかりがオスカーを受賞している」という非難を受けて、取ってつけたように設立を発表した「人気映画部門」だ。選考の基準も、受賞の基準も何もかもが不明瞭なこの「人気映画部門」は、何なのだろうか。こんな虚飾的な部門を設立するということは、「今後は商業的な匂いのする作品にはオスカー像を渡しません」と言っているようなものじゃないか。それとも、作家性と商業性は両立しないとでも言いたいのだろうか? 事ここに至って、お尻に火がついてこんな上辺だけ取り繕うような賞を設立する懐の深さが彼らに残っていたのなら、どうして『ダークナイト』をあんなに冷遇したのか。あまりにも非難が集中して恐れをなしたのか、ノミネート数を10作品に拡大して沈静化しようと目論んでいたけれど、今回の騒動もこれと同じ匂いがするではないか。

 

かつてアルフレッド・ヒッチコックが名誉賞という形でしかオスカー像を手にしなかったように、ノーラン監督も同じ道を歩むのだろうか。こんな場当たり的な発表をするくらいなら、ノミネートさせる映画の幅を広げて欲しいと思うのは私だけだろうか。

 

『ボヘミアン・ラプソディー』のブライアン・シンガー監督がセクハラ疑惑で炎上した案件も、今年のオスカーを賑わせた。あれだけ素晴らしい映画を撮っておきながら人間的に問題ありまくりなウディ・アレンは、もはやネタとして脇に置いておくとして、あまりにもセクハラ疑惑が多すぎる。

 

ケヴィン・スペイシー、ハーベイ・ワインスタインをはじめとして、ロマン・ポランスキーにいたっては怖気づいて海外逃亡までする始末。彼らが映画の中で見せる芸術的な表現と、彼ら個人のプライベートは区別するべきだとは思う。でも、でもね、あまりにも多すぎるよね、セクハラ疑惑。まぁ、容姿端麗な女優が世界中から集まるのがハリウッドだし、よからぬことを想像してしまう気持ちも理解できるよ、同じ男性として。でもね、一線を超える人多すぎないか。特に、ケヴィン・スペイシー、あんただよ、あんた! スクリーンの中で、あれだけ鬼気迫るものを醸成してみせるからには、心に何らかの闇があるんだろうなとは思っていたけれど、無垢な少年に手を出すんじゃない! 役者としては大好きだし、ケヴィン・スペイシーのいない『ハウス・オブ・カード』なんて肉抜きの牛丼だと思ってる。いくらプライベートはキャリアと関係がないとはいえ、人道的倫理的に超えてはならない一線ってあるじゃないの。

 

Metoo運動で、ハリウッドのセクハラ疑惑が次から次へと浮上する光景は、いかに夢の都が旧態依然としていて閉鎖的かを如実に示している。こんな卑俗なゴシップネタで映画業界の品格を下げて欲しくない。映画は観客に夢を見せるメディアだ。そんな夢を見せる芸術家たちが、薄汚い現実を見せてはならない。「ディズニーランド」でドナルドの着ぐるみの中の人を見た時と同じくらい、興ざめするじゃないの。

 

やり過ぎた内省はかえって不自然やで

 

前哨戦では圧勝していた『ROMA / ローマ』は3部門を受賞したが、作品賞は逃すという結果に終わった。監督賞は受賞したが作品賞は逃すという結果は、まるで「キュアロン個人へはオスカーを授与するけど、ネットフリックスにはあげないもん」と意地を張ったかのよう。現時点で『グリーンブック』が日本では公開されていない以上、作品賞に関しては何とも言いがたいのだけれど、この結果を見た限りそんな穿った見方をしてしまうのは私だけだろうか。

 

『ブラックパンサー』が作品賞にノミネートされているのも、何だかなぁという気がしないでもない。『ブラックパンサー』自体は良い映画だと思うし、面白かった。でも、「アカデミー賞にノミネートするほどのものかなぁ」というのが正直なところ。アフリカ系アメリカ人をメインに据えた『ブラックパンサー』が驚異的な興行収入を叩き出し、オスカーにノミネートされたのは社会的な意義があることだとは思う。だけど、『それでも夜は明ける』以降のオスカー賞レースは「アフリカ系アメリカ人」をゴリ押しし過ぎな気がする。

 

『グリーンブック』『ブラック・クランズマン』だけだとまた何かと批判がありそうだから、とりあえず『ブラックパンサー』も放り込んでおくか、といわんばかりだ。映画を通してLGBTQやアフリカ系アメリカ人のイメージを変える————この啓蒙は意義があるし、多大な影響力を持つ映画というメディアだからこそ可能な業だと思う。私自身、同性愛者を描いた映画を見て、知らぬ間に凝り固まっていた自分の偏見に気が付かされた。

 

多様性(ダイバーシティ)を意識しようという姿勢を示したいのは分かる。でも、その姿勢もやり過ぎるとかえって不自然に映る。昨日、映画通の友人と今年のオスカーについて話していた時のことだ。友人は言った。「なんだかアカデミー賞って公正に評価されてるのか分からなくなったよね。カンヌとかヴェネツィアの方がよっぽど映画祭らしいと思う」————まったくもって正当な意見である。私も諸手を挙げて賛同する。いつからアカデミー賞は視聴率やら世間体を気にするようになったのだろうか。

 

その努力の甲斐あってか、今年の視聴率は昨対を超えたらしい。だけど、こんな数値で一喜一憂していていいのだろうか。映画は大衆娯楽と芸術という二面性を持つ特殊な媒体だ。エンターテイメントの申し子として、視聴率が気になる気持ちは分かる。だが、そこへ気をとられ過ぎて芸術的な側面が蔑ろにされてはいないだろうか。オスカーの本質は視聴率や醜聞から離れた別のところにあるような気がする。

 

2019年 アカデミー賞 結果

作品賞 グリーンブック
監督賞 アルフォンソ・キュアロン『ROMA/ローマ』
主演女優賞 オリヴィア・コールマン『女王陛下のお気に入り』
主演男優賞 ラミ・マレック『ボヘミアン・ラプソディ』
主題歌賞 「Shallow」from『アリー/ スター誕生』
作曲賞 ルドウィグ・ゴランソン『ブラックパンサー』
脚色賞 スパイク・リー『ブラック・クランズマン』
脚本賞 ニック・バレロンガ『グリーンブック』
短編実写映画賞 『Skin(原題)』
視覚効果賞 『ファースト・マン』
短編ドキュメンタリー賞 『ピリオド -羽ばたく女性たち-』
短編アニメーション賞 『Bao』
長編アニメーション賞 『スパイダーマン:スパイダーバース』
助演男優賞 マハーシャラ・アリ『グリーンブック』
編集賞 ジョン・オットマン『ボヘミアン・ラプソディ』
外国語映画賞 『ROMA/ローマ』
録音賞 『ボヘミアン・ラプソディー』
音響編集賞 『ボヘミアン・ラプソディ』
撮影賞 アルフォンソ・キュアロン『ROMA/ローマ』
美術賞 ハナー・ビーチラー『ブラックパンサー』
衣装デザイン賞 ルース・E・カーター『ブラックパンサー』
メイクアップ&ヘアスタイリング賞 『バイス』
長編ドキュメンタリー映画賞 『Free Solo(原題)』
助演女優賞 レジーナ・キング『ビール・ストリートの恋人たち』