Hush-Hush: Magazine

映画と本とヘヴィメタルが主な話題の大衆紙

About Hush-Hush

 

Hush-Hush: Magazine

 

私の屋根裏部屋

 

Hush-Hush【形容詞】

ごく内々の、極秘の

 

hush-hushの意味・使い方・読み方 | Weblio英和辞書

 

元ネタはジェイムズ・エルロイの小説、LA三部作に登場するゴシップ雑誌————諧謔的な文体でLAの醜聞をすっぱ抜く大衆誌だ。そうだ、猫とヘヴィメタルを愛するのと同じくらいに、私はエルロイの小説が好きなのだ。鋭く、切り刻むかのように繰り出される短いセンテンス、ハリウッド顔負けの圧倒的緻密さを備えたプロット、心の内奥に容赦なく侵入する限りなく黒い心理描写、人生に疲弊した擦り切れたキャラクター。どれをとっても素晴らしいの一言に尽きる。

 

エルロイの小説を映画化した傑作ノワール『L.A.コンフィデンシャル』は公開するタイミングがあと1年違っていれば、間違いなくアカデミー賞を取っていたと今でも信じている。

 

シャーロック・ホームズの表現を借りれば、『Hush-Hush:Magazine』は私の頭の中の屋根裏部屋だ。足を曲げなければ傾いだ天井に頭がぶつかるほど窮屈な空間————その空間は脈絡を欠いた雑多な物で溢れかえっている。年季の入ったレコードや、どこで買ったのかすら覚えていないバービー人形。一見すると何の価値もないように思えるこれらのガラクタには、私の思い入れがぎゅっと詰まっている。それらを1つひとつ取り出して読者諸兄に紹介してみせる————これが『Hush-Hush:Magazine』のコンセプトだ。

 

『Hush-Hush:Magazine』は70%の文学的視点と、30%のシニシズムと、サイドディッシュ的に情熱を添えた大衆紙だ。自販機で缶コーヒーを買うくらいの気軽さで読んでいただければ幸いである。

 

個人的な視点で切り取るコンテンツ

『Hush-Hush:Magazine』の主なコンテンツは映画と本とヘヴィメタルだ。これが私を構成する3大要素なのだ。私はロジックよりも感覚の方が先行する文系人間だ。映画を見ていても、脚本のロジックより人物のドラマの方が気になるし、実用書よりも小説を好む感覚的な人間だ。

 

『Hush-Hush:Magazine』はそんな感覚人間の個人的な切り口で、映画と本とヘヴィメタルを紹介する。取り上げる作品は、いずれも私の想いが詰まった作品ばかりだ。心を揺り動かす作品は全力で紹介するし、期待を裏切った作品には少しばかり毒を吐く。もし毒づいていたとしても、その裏には熱意があることを付け加えておきたい。なまじ期待値が高すぎたばかりに、裏切られた反動が大きすぎたのだ。

 

あまり心に響かなかった作品を当たり障りのない表現で包んだりはしない。ひたすら正直に、私の感じたことを書き綴ろうと思う。ニュースサイトに書いてあるような時事性や、映画のパンフレットに書いてあるような口当たりのいいレビューは『Hush-Hush:Magazine』のどこを探しても見当たらない。その代わりに、どこよりも愛情と熱意を込めて1つひとつの作品を紹介していきたい

 

中には私の書いた記事に異を唱える人もいるかもしれない。もちろん、すべての人に共感してもらえるとは思わない。それでも、私の所感に共鳴してくれる一部の貴重な読者諸兄へ向けて、『Hush-Hush:Magazine』を更新していこうと思う。「Hush-Hush(内密な)」にはそういう意味もひそかに込めている。

 

私とPatrick Silvestre

Patrick Silvestre(パトリック・シルベストル)の元ネタは、神山健治監督の傑作SFアニメ『攻殻機動隊 2nd GIG』————作中で重要な意味を担う評論『個別の11人』の著者だ。学生時代、自主制作で映像をつくっていた頃からペンネームとして使わせていただいている。あまりにも現実的な響きのある名前なので、『攻殻機動隊 2nd GIG』を見た当時は実在する人物だと信じ込んでいた。

 

当時、高校生だった私の脳内OSを6段階ほどアップデートしてくれた『攻殻機動隊』シリーズは、今なお私の軸に据えられているバイブル的な作品でもある。私の師 押井守監督を知ったのも『攻殻機動隊』だったし、TVシリーズを手がけた神山健治監督の著書『映画は撮ったことはない』は、私の映画の見方を大きく変えた1冊だ。

 

ペンネームというのは不思議なもので、長年使い続けているとまるで自分の分身を持ったような感覚になる。ペンネームという仮面を通して、自分の内奥をそっとちらつかせる。それでいて、現実世界の私自身とPatrick Silvestreというペンネームの私はあくまでも別人だ。バットマンとブルース・ウェインが同一人物でありながら、対極の人間であるのと同じようような意味において。

 

現実世界の私はしがないサラリーマンだ。他人との間にATフィールドを展開している内向的な人間だ。人の輪の中に入らず、少し離れたところからそれを観察するタイプの人間。現実世界よりも小説や映画などの想像の世界が大好きで、常に「ここではないどこか」へ思いを馳せている

 

信号の待ち時間には先日見た海外ドラマの展開を想像しているし、美容室で髪を切ってもらう間も小説のアイデアを練っている。村上春樹さんがインタビューの中で言っていた「起きながらにして夢を見ている」感覚に近いかもしれない。

 

そんな私の頭の中でぐるぐると渦を巻いている想いを、Patrick Silvestreというフィルターを通して出力している。『Hush-Hush:Magazine』はこんな人間=Patrick Silvestreによる大衆紙だ。

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